成る程彼女は「おんなのこ」ではない。そのような可愛らしくか弱い括りに属するような大人しい人間ではない。こちらの世界でも「そう」だったと確信し、ジェイドは思わず笑った。まだジェイドの知らない彼女らしさがたっぷりと詰め込まれた空間に、自分が招待されていることがひどく嬉しかったのだ。
「それで、準備とは?」
「腕時計を持って行きたくて」
「……それは機械式のものでしょう? 残念ですが僕の世界では魔導式が主流ですから、電池の寿命が尽きればすぐに使えなくなってしまうと思いますよ」
「ああ大丈夫ですよ、元々動いていないものですから」
使えもしないものを持って行きたいと口にする彼女の、おそらくは「思い出の品」に興味が沸いた。是非見せてもらえませんか、と前のめりにそう尋ねれば、勿論ですと彼女は快諾し、本が山積みにされた机の引き出しを開けて、上品な装飾の施された金色の細い腕時計を取り出して、
「……?」
ジェイドの左の耳元に沿えた。
「やっぱり、置いていきます」
「おや、どうしてです?」
「この色をどうしても手放したくなくて、捨てずに取っておいただけのことですから。貴方のところへ行くのなら、きっともう必要ありません」
それは、とだけ口にしてジェイドは黙った。彼女がその金色を記憶がないながらも大事に所有し続けていたという事実を思うと、その色に「誰」の「何」を重ねたものかと探し続けていたことを想像すると……正直、頭が茹だってしまいそうだった。また足が折れてしまう。そんなことさえ思いながら、ジェイドはその時計を手の中に収めた。冷たい金の温度は、珊瑚の海で生きてきたジェイドの肌にはとても心地がいいもののように感じられた。
これをいつ、どこで見つけたのか。何を思って購入したのか。それとも誰かから贈られたものなのか。いつ針は止まったのか。そんなに僕のことが恋しかったのか。
それらすべてを飲み込んで、ジェイドはひどく穏やかに笑った。5年前の彼女が見たら、驚きのあまり息さえ止まってしまいそうな、そうした「らしくない」笑い方だった。
「……いえ、貴方は持って行くべきだ」
「あれ、どうしてですか? 近々、その目の色を変える予定でも?」
「いいえそんなつもりはございませんよ。ただ、僕も未来永劫ずっと貴方と共に在れるという保証ができる訳ではありませんから」
「私より先に死ぬ予定が?」
「一生共に在ると誓ったところで、唐突にその時は訪れてしまうかもしれません。命は、裏切るものですよ。貴方が『死んでもいい』と僕に告げても尚、5年も生き続けてくださったのと同じように」
「……死んでしまった方がよかった?」
「まさか!」
彼女の手に金色を握らせて、ジェイドはうっとりと呟いた。そのたった一言だってあの日、彼の言いそびれた告白の一部に違いなかった。
「嬉しいです。貴方が生きていてくださって、僕、本当に嬉しいです」
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