海の怪物は好きだよ、見ている分には

 「それじゃああなた、僕にどうしてほしいんですか」とちょっとばかし苛立ち気味に尋ねてくるジェイド・リーチに「私に関わらないでほしいんです、貴方がたのおもちゃにはなりたくないので」と言い返す監督生が数週間前からずっと私の脳内にいる。
 監督生はリーチ兄弟が生まれた瞬間からずっと強者だと思っていて、魔法も使えない、体も小さい、家族もいないこの異世界において自分が完全に弱者であることを心得ているから、なるべくそういう怖い奴からは逃げおおせたい。リーチ兄弟が海の中で過酷な生活を強いられなんとか生き残った奇跡の二人であることなど、彼女が知るはずがない。知ろうとも思っておらず彼を尊重する気が更々ない。ジェイドの方でも持たざる者である監督生の心理とか弱者側の防御スタイルとかを尊重する気が微塵もないためぐいぐい突っかかる。
 相容れないことを認めている分監督生の方が一歩先を行っているけれど、そんな監督生を手に入れようとするジェイドが本気になったら弱者である彼女が逃げ切れるはずがない。それでもジェイドが力業ではなく言論による説得を試みようとしているのは監督生が自分の命を人質に取っているから。自分の意思に反して「ジェイドのモノ」にさせられてしまった日にはアズールよろしく「可哀相な人」と笑いながらナイフで首元掻っ切るに違いないのだ、この監督生は。もう己が命をコストにして謀反でも脱出でもやってのけてしまおうと考える程度には追い詰められているのだ。生意気な一つ上の先輩に対して溜飲が下がる思いを得ようとするには命を支払うしかない。そうでもしないとやっていられないだろう、あんなところでの生活。

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