別枠での繰り返しになるんですけれど、あまりにも辛すぎる出来事とか、信じがたい事象とか、そうしたものと真っ直ぐ向き合って、受け止めて、困惑し取り乱し絶望し悲しみ尽くす……という描写を、これまで沢山、本当に沢山書いてきたはずなんですけれど、あれ全部夢物語ですからね! 私という個人はあんな誠実な悲しみ方、こと喪失関連においてはこれまで一度も出来た試しがありませんからね!
木犀でシアが泣き崩れたのも! それでも大好きだと、貴方の親友で在れたことは私の誇りだと繰り返していたのも! フラダリさんが最後まであの子の緩慢な××に目を逸らさず寄り添い続けたのも! 片翼を殺いだ手で生きる気力を無くしてただ来るべき時を待つのみといった状態であったゲーチスさんの傍にただ静かに佇むしかなかったダークさんたちが、大きすぎる覚悟と祈りを抱いてシアを呼びに行ったのも! Schedule of moonflowerで消えゆくシェリーに(こいつほんとこんなんばっかだな)「行かないで、此処にいて」と幼くも切実で真っ直ぐな言葉と共にタヌが手を伸ばせたのも! その後夜顔の咲く森の中でしとしとと悲しむために泣き続けることができたのも! Methinksでフラダリさんが何十人もの知り合いの死と向き合ってきたのも! やさしくありませんようにで「あたし」が母と父の喪失と戦い続けたのも! シーダが先んじて死んでいった「あいつ」から目を逸らすことなくずっとずっと睨みつけていたのも! あの喪失を罪だとして償うためにマリーが頻繁にカロスへと通い続けていたのも! 最早別ジャンルになってしまいますが0と1における~で書いたKとイズルの別れのところだって!
これら全部、全部、あまりにも過負荷な行為なんですよ。辛すぎる喪失と向き合って悲しみ尽くそうとする、戦い抜こうとする、受け入れようとする。あまりにも痛々しく、苦しく、耐え難い行為です。喪失するに伴う自らの身が割けるような苦痛、それよりも、死にゆく際に燃え上がる相手の命の一瞬一瞬、あるいは穏やかに沈黙した相手の「死」という「状態」、こちらを尊重するのだという、そうした精神がなければできないことだったんですよ。「真っ直ぐ悲しむ」なんていうのは!
ただ唯一、向き合うのではなく「目を逸らす」という選択をしたのがMethinksのシェリーなんですよね。彼女だけが、死にゆく親友の姿からさっと目を逸らして、またね、などという言葉で喪失を濁している。そうしなければ彼女は耐えられなかったのだと思います。そして「目を逸らした」という不誠実に対する罰をね、3年前のプロットでは300年後に被ることになっているんですよ。あっそうなんですMethinksって実は既に最終話までのプロットが手元にはあってですね。いやもうほんま鈴懸といいこんなんばっかだなこのサイト! あかーん!
ああそういえば思い出したぞ、Kとイズルの「0と1」ではかなり詳細にこの「悲しみ尽くす」を書いていたのだった。悲しみ尽くすってものすごい勇気を要する行為で、下手をすれば喪失の事実に心が押し潰されてしまいそうになるハイリスクなものではあるけれども、その期間を乗り越えた人というのは、中途半端に目を逸らす、嘘で濁す、などした人よりもその後ずっと強く生きていかれるはず……というような自論をもとにこの強すぎるKを書いていたのだったな! な、懐かしい。
いや話が脱線しまくっている! ごめんなさい! えっとMethinksって本来は「永遠が一瞬になる話」であったはずなんですけれど、シェリーが目を逸らした「喪失」の苦しみというのは、その後何百年も彼女を苦しみ続けることになるワケで。ほんの一瞬悲しみ尽くせば強くなれるはずだったのに彼女はその機会をみすみす逃してしまったために、永遠とも思える時間をド下手なグリーフワークに割くことになった……という、やっぱり「一瞬が永遠になる話」でもあったんですよね。いやそんな裏話を明かしていく前に書けよ本編を! 私は! 何やってんだ本当になぁ!
今日と明日はお休みなので何か書きたいね……SSでもいいから……ね……。