これだよ! これを楽しみにしていたんだ! 私の書くユウリの台詞の中に、私の思う彼女らしさがちゃんと溶けているかどうかを! えっちゃんに判定していただきたかったんだ! いざ!
▼/600の場合(どちらも4-3「水色に紅茶を注ぐ午後6時」から引っ張って来た台詞です)
パターン1「私はずっと道を逸れてみたかったんだ。でも自分から逸れる勇気はなかったから、私を道から外してくれる何かがあればいいと思った。もしくは私の方から道を拓きたくなってしまうくらいに、劇的で、神秘的で、綺麗なものに出会えたらいいと思った。そういうものをずっと見つけたかった」
パターン2「旅は、それはそれは楽しかったよ。ポケモン達のことも、バトルも、キャンプも、大好きだ。でも何かが足りなかった。綺麗に敷かれたレールの上をただ従順に歩くのは、その先がどんな栄光に続いていたとしても、少し、ほんの少しだけつまらなかった。つまらないと思ってしまっていること自体もまた、とても恥ずかしくて、心苦しかった。酷い話だろう? 素晴らしい旅を大人達の計らいでさせていただいておきながら、こんな言い草」
二通り打ち込んだのですがなんと! 同じ結果が出ました! やったぜ。
・沈黙、アンビバレント、隔たり、不可能性、原風景、物思い、隔離、防衛、不在、演劇的、パーソナル、分析的……などの単語がチラチラした後に
「あなたの潜在的な葛藤 → 私ってなに:自分探し型」と出ました! これは、いやこれも、というべきですね、大正解では?
「あなたの興味関心があなた自身に注がれているということは感じる」「あなたにとっては当たり前なことでも、誰かにとっては当たり前じゃないかも」「自分とは何かを考えていく上で、他者との比較が手掛かりになることもきっと多いはずよ」
セイボリーお前! お前! ユウリが骨を差し出したあの愚行を「とんだ的外れ」と主張し懇切丁寧に説明したあれは! やっぱりユウリにとっての最適解やったんや! セイボリーやっぱすげえや……相性がいいんでしょうねユウリと。互いに言葉を尽くすことを躊躇わないからちゃんと辿り着けるんだ正解に。アポロさんとクリスさんの関係にも似ているかもしれないね。
▼CCCの場合(FileD:プライベートアイの惜敗から取って来た台詞です)
「貴方のことが羨ましかったよ。私も弱さを周りに晒せば、貴方のように何かを変えられるんじゃないかと思っていたんだ。だから下手な駄々を捏ねてもみたし、無作法に他者を攻撃したりもした。でも、私には無理だった。貴方の言う通りだよ。こんなにも色々とやってみたところで、結局私は、何も選べないし何も望めないし何のビジョンも抱けない人間のままなんだもの」
・比較、井の中の蛙、優越感、外向、劣等感、あこがれ、妬ましい、世間、上手くいかない、天秤、他人の目……などの単語がチラチラした後に
「あなたの潜在的な葛藤 → 本当の自分は何処にいる:孤独な比較型」と出ました!
「あなたは他者と自分を比較することで自分の価値を決めようとしている」「度が過ぎると、自分が何をして何処に立っているのかすら曖昧になってしまう」「俗っぽい言い方が許されるのなら、自分の機嫌は自分で取るのが最善よ」
……ふっ、あっはっは凄すぎじゃないですかねこれ! いやもうちょっとえぇ……ってなる。これはCCCの分析結果だけでなくて/600のやつと照らし合わせて見てほしいのですけれども、/600では「他者との比較が助けになる」と言っていて、CCCでは「あまり比較に頼りすぎると自己が曖昧になる」って言っているんですよね。セイボリーの激情と懇切丁寧な説明を受けて変わることを選んだ/600のユウリと、愛着を恐れ従順で在り続けたがために飲みたい紅茶の銘柄さえ自分で選ぶことができなくなったCCCのユウリというものの対比がはっきりと出ているんです。
/600では「他者の想いを受け入れ真剣な心持ちで向き合う」ことが実際にユウリの助けになっている。CCCでは最後の最後に「自分で決めなければならない」という最難関が控えていて、決められなければ死、という状況でさえある。これをだな……なんでえっちゃんそんな綺麗に見抜いてしまわれるん……? すごすぎます。ただただすごい。
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この後、1周目のEDとしては「衝動か規範か」で当然のように規範に押し潰され、壁の方から称賛を受けます。2周目のEDでは衝動に飲み込まれ自我さえ手放したえっちゃんを本棚の部屋でしばらく見守ってからリセット。3周目、一番初めの吹き出しが ”正解を教えてほしい” だったことがなんだか印象深く頭の中に残っています。ユウリにとってはまだ正解とは「誰かに教わるもの」「与えられるもの」なんですよね……。アポロさんとクリスさんなら二人だけの力で「正解に辿り着く」こともできたようですが(番外編・夜の話)まだ14歳だかそこいらの彼女にそれは難しい。他者の力が必要です。でも彼女はシアのように自分から求めることができないし上手く受け取ることもできない。その点が彼女を生き辛くしているのでしょうね。それこそネズさんのように根気よく待ったり、セイボリーのように「とんだ的外れなんですよ!」とか乱暴に踏み込まれたりしない限り、彼女は上手く躱してかたく身を守り続けるばかり。その行為が悪手であったことを「それでは皆様、明日から、よい一日をお過ごしください」として退場するまで気付くことができないままでしょうから。
あと3周目で壁の方から「自分で道を選ぶのか/そこに道はなくても」「道なき道を選ぶのか/結末を変えたいのね」と言われたことも印象的でした。主に/600のドヤァ台詞「私に道を拓かせた唯一の色はすり替わったりしないよ。他の何色にも、染まるものか」を彷彿とさせるというただその一点においてひどく興奮いたしました。道を拓くという行為はユウリにとっての「バランサー」として機能するのかもしれないなと考えたりもしましたね。うーん興味深い!
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あと、これはユウリの診断とは全く関係のない私個人の好みですが、1年半前に遊んだ折にも一番好きだった台詞「私を貴方の旅の道連れにしてほしい」を再びえっちゃんから聞くことができた時には正直、ええ、震えましたね。
キバナさんの中編はこの「道連れ」をやや明るめの形で書いていければいいかなと思っていたり……。
ご閲覧ありがとうございました。ALTER EGO、1年半前が経った今でもその魅力はご健在!