20.5▽

1、Nの日記

いつか帰ってくる貴方に向けて、あの日からの記録を示す。

8月31日、午前10時
ゲーチスとアクロマが国際警察イッシュ支部に出頭。この日記はレジラムの背中で書いている。
マスコミから逃れる為に、直ぐに荷物をまとめてジョウト地方にあるコトネの家へ。久々にカノジョやシルバーと再会することになる。
トウコシアを探すために、ゼクロムに乗ってヒオウギシティへと向かった。
ホウエンの病院でシアを見つける。錯乱状態のカノジョを眠らせて連れて来たようだ。

同日、午後4時
シアが目覚める。錯乱状態で外へ飛び出したところ、クロバットの背中から転落、浅瀬の岩に頭をぶつけて出血、病院へと向かった。
コトネトウコが病院に同伴している。先程、トウコから連絡があったが、命に別条はないとのこと。ただ、記憶が少し混乱しているらしい。
コトネとシルバーは5人分の夕食を作ってくれる予定だったが、シアは今日、入院して経過を見なければならないらしい。
余分に作ったパスタをシルバーと分けて食べた。シルバーの料理は相変わらず美味しい。

同日、午後8時
夕食を終え、4人でシアのことを話し合った。カノジョは現在から一年半分の記憶を失っていたらしい。
トウコは「アクロマやゲーチスのことは伏せてシアにこれまでのことを軽く説明してきた」と話した。
彼女がその二人の存在を伏せた理由はよく解らなかったが、コトネやシルバーもトウコの方針に賛同したから、おそらくはこの選択は正しいのだろう。
ヒトの心は相変わらず、不可解なところが多過ぎる。

9月1日、午前8時
深夜の1時頃に、トウコがリビングに残っているとコトネから報告を受けて彼女の元へと向かった。
カノジョの肩をそっと抱くと足を掬われ、蹴飛ばされた。解せない。
トウコはよく泣く。あんたのせいだと言われたが、そもそも「泣き虫でないトウコ」をボクは知らない。故に比較対象がないので真偽は確かめられない。

同日、午前11時
シアが退院して戻ってきた。肩の傷は縫合されていた。まだ少し動かすと痛むようだが、日常生活を送る上で支障をきたすことはないと医師から説明されたらしい。
切り傷は4cm程だった。シアはよく縫合が必要な傷を付けてくるね、と言いそうになり、慌ててそれを押し留めた。
つい先日、ゲーチスを庇ってついた傷の抜糸はまだ済んでいない筈だが、そちらもジョウトの総合病院で処置してくれるらしい。

同日、午後10時
医師によると、シアの記憶の退行が起こったきっかけこそ、あの事故による衝撃だったが、その直接的な要因は精神性のものだと捉えるべきだろうとのことだった。
トウコはその言葉にとても救われたようだった。「まあ、あの医師が私を慰めてくれたのかもしれないけどね」と笑うカノジョに「医師は真実しか告げないよ」と告げた。
するとカノジョは泣きながら笑って、ボクの背中をまた蹴った。解せない。
シアはあれから、ポケモン達と触れ合う中で少しずつ旅の記憶を思い出してきているらしい。ボクはそのことに素直に喜んだが、トウコは少し複雑そうな顔をしていた。

9月2日、午後3時
トウコは国際警察のページに潜り込み、ゲーチスやアクロマの供述を調べ上げていた。
「ゲーチスがここまでシアのことを大切に思っていたなんて知らなかった」と、カノジョはパソコンに向かって小さく呟いた。
彼等の出頭は、ボクもトウコも、シアさえも知らなかった。周りの者に何も告げずに姿を消したのは、ゲーチスの「屈辱」から逃れる術だったのかもしれない。
けれどそれがシアをひどく傷付けてしまったのだと、シアを守るための策が、逆にシアを苦しめることになったのだと、知れば貴方は驚くだろうか。

同日、午後10時
「私の口からシアに、アクロマやゲーチスのことを話すことはできない」とトウコは言った。その役目が誰に預けられているのか、ボクも解っていた。
今はただ、シアの記憶と「カレ」の帰還を待つしかなかった。

ゲーチス、貴方が本当に守りたかったものは、己の矜持から一人の少女へと変化した。
けれど貴方がその矜持を守り通せなかったように、貴方がシアを守ることもまた、困難だったのだ。
そのための出頭だと解っている。嘘吐きだった貴方のことを、今では皆が信じている。
ただ一人、全てを忘れてしまったシアを除いて。


2、トウコがまとめた、ゲーチスとアクロマの罪状、起訴内容に関する内容

・ゲーチスに課される罪
ロケット団のようにポケモンの殺害を行った訳ではない。故に傷害罪は適応されない。
またプラズマ団は3年前の騒動の後、強奪したポケモンを元のトレーナーに返す活動を行っている。
彼の検察はまだ続いている。どういった内容で起訴されるのか、どのような捜査が進んでいるのか、明らかにされていない。
ゲーチスの証言から、少なくともアクロマとシアへの脅迫罪は成立するだろうという考えの元で検察側は動いているようだ。

・アクロマの仮保釈について
仮保釈とは、被告人が起訴された後で、裁判所の許可を貰い、保釈金を払って社会に戻ることを指すらしい。
被告人は保釈金を支払い、裁判の日まで社会で暮らすことができる。保釈金はその後、返還されるが、被告人が逃亡した場合にはその保釈金は没収される。
アクロマの保釈金が何処から用意されたのか、提示された金額は幾らだったのかは明らかにされていない。

・アクロマの起訴内容
1、ポケモンの傷害罪(殺害を除く)
2、ソウリュウシティの凍結事件における器物損壊罪

トウコ自身の総括
プラズマ団の解散から1年が経つが、イッシュの人間はその組織の行動をあくまでも「ポケモンの解放という思想が暴走した結果」と捉えられている。
ゲーチスが自らの野望の元にその組織を成立されていたことは、ほんの数名しか知らない。チェレン、アデク、ヒュウ、N、ダークトリニティ、そして私とシアだ。
彼が出頭して警察に自白の供述を始めた時、真っ先にこの事実が露呈されるだろうと思っていたが、彼がその野望を抱えていたという供述内容は見当たらない。
ゲーチスとアクロマには若い女性の弁護士がついているようだが、二人が不利にならないよう、何らかの手を回したのかもしれない。
その女性弁護士と、コンタクトを取らなければならない時期がやって来るだろう。アクロマの仮保釈に伴い、彼女の所在も明らかになる筈だ。


3、コトネとシルバーの会話、シアの記憶喪失について

「心因性のものか、外傷によるものか、お医者さんはそう説明したらしいんだよね。
人体の専門家の意見を否定するつもりはないんだけど、でも私は今回のこと……シアの心とか体の傷とか、そういうものだけでは説明しきれないような気がするの」

「もしかして、霊的なものであるとか、ポケモンの超能力めいたものが作用したとかそういう、一般的な照明が難しいものについて語ろうとしているのか?」

「あはは、確かに私にはちょっとだけ霊感があるみたいだし、超能力や呪いの力を使いこなすポケモンがいてもおかしくはないと思っているよ。
でも、そういう「犯人探し」じゃなくて「本質」の話をしたいの。具体的には、シアがこのタイミングで記憶を失ったことに対する「意味」について話し合ってみたい」

「世の中の出来事にそうそう「意味」なんて付けられないだろう。
毎日は偶然の連続で成り立っていて、俺達は偶然の渦に振り回される形で生きているんじゃないのか?」

「私もそう思っているよ。……というか、この世界に生きるほとんどの人がきっとそう考えているんだよね。
でも私は、そう思っていない人間を知っているよ。運命と奇跡の区別が付いてしまう人間が、神様みたいな力を持った人間が、この世界には確かにいるんだよ。
私とシルバーが出会えたことに対して、ちっとも驚かずに「よかったね」って笑ってくれた人のことが、神様みたいで、でもいつも寂しそうなあの人のことが、私は大好きなの」

「……」

「勿論、私にはそんな力はないよ。私はお姉ちゃんとは何もかもが違う。
でもお姉ちゃんのおかげで、この世界には「運命」と「奇跡」っていう二つのものがあるんだってことは、分かっているつもりだよ。
……だから、もしかしたら、シアが記憶を無くしてしまったことには「意味」があるんじゃないかって、考えちゃうんだよね」

「つまりあいつに降りかかった災難は、偶然の連続による悪趣味な奇跡なんかじゃなくて、ある種の運命だった、とでも言うつもりか?」

「在り得ないって思う?」

「……にわかには信じ難いな」

「そうだよね。私もそうだった! でももし本当に運命だったら、少し話が簡単になるんだよ。
ねえ、彼女は何のために記憶を無くしたんだろうね? あの子から一度記憶を取り上げなければできないことがあるのかな? それって、何だろうね?
それを成し遂げたら、記憶を無くさなければできなかった何かを見つけることができたなら、そうしたら運命はちゃんと、記憶をあの子に返してくれるはずだよ」

「お前、楽しんでいないか?」

「そんなことないよ。でも皆みたいに心配はあまり、していないかな。
私は、シアが必ず全部を思い出すって信じているの。運命が取り上げた記憶は必ずあの子のところへ戻って来る。
ただ、もしこれが運命じゃなかったとしても、何も変わらないんじゃないかな、とも思っているよ。彼女達なら何とかなるんじゃないかって思っている。……無責任かな」

「いや、俺も、あいつ等なら何とかなるだろうと思っている。それは無責任とは違う、信頼と言うんじゃないか?
奇跡よりも、運命よりも、……俺にとってはずっと信用に足る、強力なものだ」

「……シルバー、変わったね」

「お前のせいだぞ、今更だろう?」

2015.2.19

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