Afterword:片翼を殺いだ手

片翼を殺いだ手、ご読了ありがとうございます。
この連載は2012年に執筆したものですが、2014年に一度全体に加筆修正をしており、
更に今回の引越に伴い、1話と2話のみ大幅に加筆し、全体の文面を調整し、目次デザインを一新させました。
7年前に執筆した連載であること、それを新しい形で再び公開させていただけることに、今、深い感慨を覚えています。


2014年度版の後書きには、無駄な記載や無粋な記述が多分に含まれておりましたので、今回はそれらを9割近く削除しております。
その「残りの1割」が、以下の「右腕と幻肢痛」についての話です。

ダークさんの説明にもありましたが、幻肢痛とは「切断して既に存在しない筈の手足が痛む」ことを指す現象です。
幻肢痛が生じる、その詳しい原因は現在でも完全には分かっていないようです。
脳がまだ、その手足が存在していると錯覚していることにより生じるのだ、とも、今回のゲーチスさんのように心因性のものだ、とも、言われています。

ゲーチスさんの右目が見えない状態であり、右腕も思うように動かせない。そしてBW2のプラズマ団解散後、その右腕をキュレムに氷漬けにされ、失った。
これらは完全に管理人の捏造であり、原作にそうした描写はありません。
けれどそのようなエピソードを盛り込もうと思った一番の理由としては、彼の受けた「屈辱」を、目に見える分かりやすい形で表現したいと思ったからです。
そしてその「屈辱」の象徴である右腕、すなわち「殺がれた片翼」を、シアが肯定する、その描写をどうしても書きたかったのです。
彼等が関わり合う舞台の背景として、そうした設定を加えさせていただきました。
ゲーチスさんへの考察は数多くなされていますが、彼が辿る一つの可能性として、参考程度に楽しんでいただけると嬉しく思います。


……ところで、目次冒頭の注意書き「夢小説ではない」についてですが、
旧サイトでこの連載を読んでくださった方、またこちらで初めてこの連載を読んでくださったご新規様方は、
この物語の焦点が、シアの想い人であるはずのアクロマさんにではなく、彼女を殺そうとしたゲーチスさんに全体の9割以上置かれていることに驚かれたかと思います。

次の連載「サイコロを振らない」においても、ゲーチスさんとアクロマさんの二人ともが「主要人物」として登場します。
この二人がシアをどのように想い、またシアが二人をそれぞれどのように想うのか、……といった、
所謂「想いの大小」「想いの形の差異」がどうなっているのかについて、物語の中で少しずつ明らかにしていくという方式を取っています。

しかし語り手が如何せん、トウコ曰く「愛の意味が分かっていない」シアであるために、その真相が文章の形で詳らかにされる機会がなかなか訪れません。
そのため、これはゲーチスさんを想い人とする物語なのか、アクロマさんを想い人とする物語なのか……ということが物語の後半になるまで曖昧なまま、ということになります。
これはある特定の人物との想い合いを期待して物語を読む「夢小説」としては致命的な欠陥であり、そのため冒頭の注意書きにて完全否定しておく必要がありました。

ゲーチスさんとアクロマさん、この二者における「想い」ないし「愛」の違いについては、次の連載にて明らかになることですので此処では沈黙させていただきます。
ただ、これはこの現実世界においても言えることなのですが、
両親や祖父母を大切な家族として愛する一方で他人であるクラスメイトに想いを募らせ告白したり、
尊敬する教師に敬愛の情を向けながらも自身を慕ってくれる可愛い後輩に恋をしたりしているように、
「想い」「愛」の数も形も限定的なものであるはずがなく、またそれぞれの「想い」「愛」の間に優劣めいたものはきっと存在しません。
そうしたものが「想い」「愛」の本質であると信じている身としては、
大好きなBW2という世界観をお借りして、その本質に近いところを綴る試みができたことがこの上なく嬉しくて、
……そういう意味でも、この片翼を含めたBW2の三連載は私にとって特別な物語でした。


最後に、目次における英文の日本語訳(意訳)と解説を記載して終わります。

・前編
このような鳥を知っていますか。目と翼をひとつずつしか持たない、不思議な鳥です。
彼等は一人で飛ぶことができません。飛ぶためには、信頼できる誰かと一体にならなければいけないのです。
勿論、彼等は神話にのみ生きる存在であり、現実にいるはずもありません。これは夢物語に過ぎないのです。
けれどもし貴方が、信頼できる誰かとひとつになってどこまでも飛んでいくことが叶うとしたら、……素敵だとは思いませんか。

・後編
今此処に、目と翼をふたつずつ持っている鳥がいます。
そして、此処に目と翼をひとつずつしか持たない鳥がいます。
さて、貴方に尋ねましょう。彼等が共に飛ぶための最善手は何だと考えますか。「彼女」は何をすべきだと思いますか。

簡単なことです。「彼女」の翼を片方、殺いでしまえばいい。
そうしれば「彼女」の望みは叶い、「彼女」の罪は許されるでしょう。

……その愚かな選択を「彼」が許してくれるかどうかは、分かりませんが。

「目と翼をひとつずつしか持たない、不思議な鳥」とは「比翼の鳥」のことです。
「比翼連理」が仲睦まじい夫婦の姿を現す言葉ですが、その「比翼」がこの鳥のことを指している、という訳です。
信頼できる誰か……それは運命の相手とか片割れとかそういう存在でなければいけないのですが、そうした相手と共に在ることで空を飛ぶことができるという、
いわゆる「二人でひとつの形を取る」という現象をお洒落に表すための単語だと思っていただければと思います。

……当サイトではジョウト地方のコトネとシルバーを「連理の木」、イッシュ地方のトウコとNを「比翼の鳥」などと表現することが、よくあります。
トウコとNが「欠けたもの同士が二人でひとつの形を取る」のに対し、コトネとシルバーが「個々の木が枝を伸ばして絡まり合いひとつになる」という、
この二組の仲睦まじさを保証すると同時にその在り方の差異を端的に示すための語句として、使わせていただいている、といった次第です。

さて、当サイトではトウコとNの表現として用いるはずの「比翼」をこの度、目次にて登場させたのは、
当連載におけるゲーチスさんとシアが「比翼」「運命の相手」「片割れ」では在り得ない、ということを強調させるためです。
ゲーチスさんは右目を塞いでおり、右腕を失っているため、物理的にも精神的にも「片翼」であると言えますが、シアはそうではありません。
また、ゲーチスさん自身も当連載前編の終盤に至るまでは「空を飛ぼう」などとは到底思うことのできない心理状態にあります。

シアはゲーチスさんと一緒に飛ぶための資格を持たず、ゲーチスさんにはシアと一緒に飛ぶという意思がない。
そのような状況を強引に変えるための手段として、シアは29話にてとある懇願を口にしますが、その際、彼女の心理変遷はこのようなものでした。

1、「片翼で空を飛べると思いますか」という貴方の言葉を思い出す
2、それに対して「それじゃあ、一緒に飛びましょうか」と返した私の言葉を思い出す
3、左翼しかない貴方と空を飛ぶためには、私が貴方の右翼になる必要がある
4、私の左翼を殺いででも私は貴方の右翼として貴方を飛ばせてみせる
5、「手を、殺いでください」

加えて、彼女はゲーチスさんが右腕をキュレムによって凍らされたという事実を「裁かれた」と表現しています。
司法のことなどまるで知らない彼女は、彼の犯した罪に対する罰として、その片翼の喪失は十分すぎるものであったと考えます。
彼女は、プラズマ団を壊滅させたことであまりにも多くの人の居場所を奪ったという「罪の意識」に長らく苛まれ、償い方も罰の受け方もまるで分からず、
そうして積もり積もった罪悪感の果てに、ダークトリニティへ殺人教唆までした過去を持つ人間です。
ですから、目に見える形での「裁き」を体に宿したゲーチスさんの在り方を、何処かで羨ましく思ってさえいたのかもしれません。

「左手を殺いでしまえば、私はゲーチスさんの右翼となることが叶い、更に私の罪に対する罰も与えられる」

破滅的な自己犠牲を美徳とする歪んだ価値観。
それこそが、長らく「傲慢」「強欲」「愚鈍で愚直」を形容詞としてきたシアの最も致命的な個性であり、彼女が振るう「諸刃の剣」となるのでしょう。

此処までお読みくださり、本当にありがとうございました。
では、また次の物語で会いましょう!

2019.11.13 葉月

I will never give up on writing words, as long as you keep on walking with me.

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