YやKは、外にも出られるらしい。
そんな朗報を聞いた私は、二人を連れて夜の芝生へと飛び出した。そこにはシルバーにトウコさん、Nさんを呼んであった。
私の友達を紹介します、と昼休みに宣言していた私が、一人で自分達のところにやって来たことに、トウコさんやNさんは不思議がっていることだろう。
しかしそれは杞憂だったようで、トウコさんは私の後ろでふわふわと浮かんでいるKを指さし、叫んだ。
「こいつ知ってる!私のテストを悉く邪魔しに来た奴よ!」
「だってあんた、一問もミスしないんだもの。見ていて面白くなかったわ。」
「あら奇遇ね、私もあんたのせいでろくに集中できなかったわ。」
いきなり口論を始めてしまったトウコとKに、Nさんやシルバーは苦笑した。
どうやらトウコさんには人並みには霊感があるらしい。Nさんはどうだろうと彼の目線を窺うと、しっかりと宙に浮かぶKを捉えていた。
しかし二人とも、Kは見えてもYの姿は見えないらしい。『Yの霊力はゼロに近いのよ。』と言っていたKの言葉を私は思い出した。
「もう一人いるのかい?」
しかし彼女の存在に、見えない筈のNさんが言及したのだ。
これには私もKも、Yすらも驚いていた。
どうして解ったんですか、と私が尋ねると、彼は笑って私の足元を指さした。
「カノジョとカレが言っているよ。」
そこにいたのはエーフィとブラッキーだった。
元々はYとKのパートナーだったようで、二人がゴーストになってからも、半透明の姿のトレーナーの元で暮らしているらしい。
現在、私は皆に内緒でこの2匹の世話をしている。3年生になって、自分で選んだポケモンを手持ちに加えられるようになったら、YとKから託される予定だった。
エーフィがYの、ブラッキーがKのパートナーだ。
「へえ、あんたはポケモンの声が聞こえるのね。」
「幸運なことに、そうした能力に恵まれているようでね。」
そう返したNさんに、Kは何がおかしいのか宙でお腹を抱えて盛大に笑った。
「ああ、ごめんね。過剰な能力は人を苦しめるものだとばかり思っていたから。」
「どういうことだい?」
「要するに、そんなものに縛られていたコトネはただの馬鹿だったってことじゃない?」
「K、うるさい!」
私は怒鳴った。しかしそうした彼女のからかいに一喝出来る程に、私はこれまでのことを笑って振り返ることが出来るようになっていたのだ。
私は盲目だった。何も見えてはいなかったのだ。そんな私の手を引いてくれる人がいた。そっと見守ってくれる人がいた。私が生き抜く術を教えてくれた人がいた。
そして、それらは今でも続いている。
「おーい、シルバーが置いてけぼりになっているから、誰かちゃんと解説してあげなさいよ。」
トウコさんのそんな声に、私は慌ててシルバーに説明した。彼はYどころかKの姿も捉えることが出来ないのだ。
彼の目に映るホグワーツはとても静かだろうな、と思いながら、私は身振り手振りを交えて先程までの会話を説明する。
しかし彼は「ああ、解っている」という風に笑ったのだ。
「内容は解らないが、コトネが楽しそうだということは解る。」
その言葉にトウコさんとKは笑い出した。
シルバーは素でこういうことを言うから困るなー、だなんて、つい先程出会ったばかりなのに、早くも打ち解けている。
二人は相性が悪いようでいて、その実、気が合うのかもしれない。
「良かったな。」
そう小さく呟かれたその言葉に私は笑った。
すると遠くで小さな笑い声が聞こえた。それはずっと沈黙を貫いていたYの声だった。私は彼女に駆け寄り、「どうしたの?」と尋ねた。
「ううん、なんでもない。なんでもないよ。」
「嘘、だって笑ったじゃない。」
彼女が本当に嬉しそうに笑ったように見えたのは、私の錯覚だろうか。
「コトネの、その笑顔が見たかったんだよ。」
それとも、こちらの言葉が幻聴だったのだろうか。
「ああ、泣かないで。」なんて困ったように笑いながら、彼女は決して触れられない筈の手を私の頬に延べるのだ。
トウコさんが「シルバー、あんたの出番よ。」と冷やかす。Nさんが彼の背中を押す。やって来たシルバーが延べた手を、しかし私は断った。
「もう拭ってくれたの。だから、今はいいよ。」
そして、引っ込めようとしたYの手を掴んだ。掴める筈のない私の手は宙を泳いだ。しかし彼女はそれに微笑み、もう一度、触れる筈のない手で私の涙を拭った。
Yの存在を認知していない筈の彼は、しかし「じゃあ、俺は頭でも撫でるか。」だなんて言って、宙を泳いだ手を私の頭の上に乗せた。
私達の世界は共有されない。それでいい気がした。それでも掴める温度があると、私は知っているからだ。
*
「騒がしいと思ったら、またトウコちゃんね。もう直ぐ消灯時間よ。」
スキップするような足音には覚えがあった。レイブンクローの監督生になった姉は、就寝前にこうして見回りを行っているらしい。
毎日ご苦労様です。そう返した彼女に私は目を丸くして驚いた。敬語を使うトウコさんを私は初めて見たのだ。普段は先生にすら粗暴な言葉遣いをするのに。
「今日はコトネも一緒なのね。トウコちゃん、あまりうちの子に変なことを教えちゃ駄目よ。」
そう言って困ったように笑う彼女のロープを、Yが小さく引っ張った。
それは本当に僅かな刺激であった筈なのに、姉はそれに気付いたらしい。「あらY、貴方も外に出てきているのね。」と微笑んで返した。
彼女が言っていた「ゴーストの友達」がYのことだと確信した日のことを思い出した私は、まだ姉にお礼を言っていなかったことに気付き、口を開いた。
「お姉ちゃん、ありがとう。」
「?」
「私ね、私を守ってくれていたゴーストにお礼を言えたのよ。お姉ちゃんが見せてくれたノートのおかげだから、ありがとう。」
敢えてYだとは明言しない。そんなことをしなくとも彼女は解っている。
頬に残る涙の跡に気付いた彼女は「あらあら、コトネは泣き虫ね。」と笑って私の目元にそっと触れた。
「良かったわね。どう、とってもいい子でしょう?私の自慢のお友達なの。」
「お姉ちゃん、違うよ。私もYと友達になったんだから。」
私はYと目を合わせた。その後で姉を見上げて、勝ち誇ったように微笑んだ。
私には見えないものが見える。彼女の深い太陽の目を覗き込むことが出来る。
それが本当に幸せなことだと、私はようやく気付けたのだ。
2014.2.28
Thank you for reading their story !