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彼女は生きることを拒んでいる。
その確信は、鋭い刃となってズミの心臓を抉った。
最早食べ物の好みだとか芸術への侮辱だとか、そうしたレベルの話ではないのだと勘付いてしまった。
自分はもっと、とんでもないものを相手にしていたのだ。ズミは恐怖に震えた。

「明日も、来て下さい」

それでもそんな言葉を吐いた。少女は長い沈黙の後に小さく頷いた。

「……ごめんなさい」

これ程までに悲しい謝罪を、ズミは他に知らない。

それからも、少女は毎日訪れた。閉店後のレストランは、彼女の為に貸し切られていた。
毎日訪れ、しかし料理には一切手を付けない珍客の為に、彼は毎日決まった料理を出し続けた。
彼女が自分の招待を拒絶しないのが唯一の救いだった。それさえ断ち切られてしまえばもうズミに出来ることは何もなかったからだ。
つまるところ、少女もこの時間に何かを見出しているのだと信じることができた。

しかし少女は驚く程に寡黙だ。イエスかノーかの質問は辛うじて答えるものの、それ以外のことに関しては総じて口を紡いだ。
何かあったのですか、どうして生きていたくないのですか、だから食べることを拒んでいるのですか。
それらの質問に彼女は首を振って、ただ「ごめんなさい」とだけ紡いだ。

それだけではない。ズミは新しい発見をしていた。驚くべきことに、こちらが発する負の感情に、彼女は全く動じないのだ。
憤り、呆れ、軽蔑。そうしたものを彼女は無表情でただ流していく。そんなものに一切動じない。
それなのに、少しでもズミが彼女を気遣う素振りを見せれば、怯えたように謝罪の言葉を紡ぐ。
つまるところ、少女の考えていることは日を追うごとに解らなくなっていった。

それでも時間は流れていく。少女の手足は更に細くなり、顔色には死相すら窺えた。
もういっそ、無理矢理にでも料理を押し込んでやろうか。
そんな焦りは言葉になって零れ出た。

「死ぬ勇気もない癖に、よくもそんな無礼な真似が出来ますね」

どんな罵声を浴びせても、それは決して言ってはいけない言葉だった。
しかしそんな判断が出来ない程にズミは焦っていた。この少女の脆さに絆されていた。だからこそもどかしくて、そんな言葉を紡いでしまった。
少女はその目に驚きの色を浮かべた。怯えか拒絶しか示さない彼女が見せた、珍しい表情だった。

そして少女はフォークを掴み、野菜を突き刺して口に押し込んだ。
そのあり得ない光景にズミは目を見開く。何が起きたというのだろう。
しかし一口目を飲み込んだところで少女は慌てたように席を立った。そのまま立ち去ろうとしたのか、踏み出した足がしかし椅子に取られる。
膝と手を床に付けた彼女は、飲み込んだばかりのそれを吐き出した。

「……」

激しく咳き込みながら、少女はぼろぼろと涙を零した。
涙で歪んだ視界に、彼女は緑色の野菜を捉えたらしい。折れそうに細い手が吐き出したばかりのそれに伸ばされた。
再びそれを口に運ぼうとしたその手に血の気が引いた。ズミはそれを勢い良くはたき落としていた。

シェリー、もういい」

「……」

「もういいんです」

ハンカチを取り出し、彼女の手を拭いた。涙は指で拭い取った。
彼女を追い詰めてしまった。彼女にこんなことをさせてしまった。その事実がズミを糾弾した。
自分は間違っていたのだ。……何を?ズミは混乱する頭で考えていた。
自分は何を間違えたのだろう。何を思ってこんなことをしていたのだろう。それを彼女はどう捉えていたのだろう。何故彼女はここに来てくれたのだろう。

「もう、貴方が苦しむ必要はない。全て私が悪いんです。
貴方の否定と拒絶に苛立った私がした茶番です。貴方は何も悪くないんですよ」

だから、どうか泣き止んで欲しい。
それは懇願だった。どうしてもその涙を止めたかった。
自分の手では力不足だということは解っていた。それでもそうすることしか出来なかった。
この少女は何も言わない。何も話してくれない。だがそれが何だというのだろう?
それは彼女を虐げる理由にはならない。彼女を侮辱していい訳がない。それをズミは知っていた筈なのに、焦りに飲まれて彼女を急かした。
自分のせいだ。ズミは呵責に苛まれていた。

「……」

しかし少女はぼろぼろと涙を零しながら、小さく首を振り、咳き込みながら紡いだ。


「怒って」


その瞬間、自分の胸を占めたものを、ズミは果たしてどう表現すればよかったのだろう。

「怒って、下さい」

それは奇妙な懇願だった。それが意味するものにズミは辿り着けずにいた。
少女は泣いていた。彼は泣けなかった。

「私を許さないで」


2013.11.16

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