「彼女をあまり責めないでやってくれないかな」
プラターヌはフォークをくるくると回しながらそう呟いた。パスタが渦を書くようにまとめられていく。
ソースを絡め、プラターヌは大きな口を開けてそれを押し込んだ。うん、いつものことながら美味しいね、と笑う。
研究者という職業柄か、食事にかける時間こそ長くないものの、綺麗に皿の上を空にしていく様は見ていて心地良かった。
自分の作品が少々早食いではあったが、大切に扱われて口の中に入っていくのを見るのは嬉しい。
最低限の礼儀を守り、人の良さそうな笑みでお礼の言葉を紡ぐ彼は、ズミの良き理解者でもあった。
そんな彼が、あろうことかあの子供の弁護をした。
その事実にズミは眉をひそめたが、彼の頼みとあらば無下にする訳にもいかず、彼の話に最後まで耳を傾けることにした。
「シェリーがフレア団を壊滅させたことは知っているよね」
「ええ、勿論です。先日のパレードはそれを称えるためのものでしょう」
「……彼女はそのことを悔いているみたいなんだ」
おかしなことだ。ズミは眉間にしわを寄せた。「子供の考えることはよく解りませんね」と呟き肩を竦めた。
少女が成し遂げた数々の偉業は、確かにその華奢な身体が抱えるには些か大き過ぎたのかもしれない。
それに圧迫されているのかもしれない。それくらいの予測はズミにも立てられた。
しかし気に入らなかったのは、プラターヌがそれを取り上げて少女の弁護をしたことだ。
彼女は今、苦しんでいる時だからと彼は紡いだ。しかしそれが何だというのだろう?ズミは笑ってそれを一掃した。
「だから何だというのですか?
仮に今から私が、自分の料理を侮辱された苦しみを貴方に訴えたとして、そうしたら貴方は私の味方をして下さるのですか?」
「……」
「感情論はただの戯言です。そんなもので人の心は動きませんよ」
彼は声を上げて笑った。
「君がそんなことを言うんだね。この痴れ者がってシェリーを怒鳴りつけた君が」
彼はニコニコと人畜無害そうな笑みを浮かべながら、しかしその目はしっかりとズミを睨み上げていた。
その恐ろしい目を向けられて尚、プライドの高い彼は認めることをしなかった。
そんな事情があるから何だというのだ。その全てを考慮していたら押し潰されてしまう。だから自分は彼女を敵に据えたのだ。
*
その少女は約束の時間に現れた。閉店後のレストランには帰宅を急ぐ職員と、ズミの姿しかない。
帰ろうとしていたウエイターは「ああ、昨日のお嬢さんか」と笑って彼女を通した。
洒落たワンピースから覗く手足はやはり細く、顔色は同じように悪い。
虚ろな目でこちらを見上げた少女は「こんばんは」と小さく紡いで一礼した。
消えてしまいそうだ。ふとそんなことを思った。
湧き上がったそんな言葉は、ズミの中に罪悪感として蓄積した。
この少女は一体何を抱えているのだろう。何を拒んでいるのだろう。何に苦しんでいるのだろう。
ズミの脳裏を掠めたのは単純な好奇心だった。そう、ただそれだけだ。しかしそれで十分だと思った。
そちらのテーブルにどうぞ。と勧めた彼に、少女はあの、とどもりながら口を開いた。
「お金は、払います」
「……いいでしょう、貴方が私の料理を食べてくれるのなら考えます」
「……ごめんなさい」
そのあまりにも華奢な弱々しい身体に、つい甘いことを言ってしまいそうになったが、その謝罪により再びズミは不機嫌になった。
まだ一皿も料理を出さない内から謝罪をした少女の意図を、ズミは正しく理解していた。
つまりは少女は、どんな料理が出てきても手を付けるつもりなどないのだ。
随分と舐められたものだ。しかしそれに苦笑出来る程には、ズミはこの弱々しい少女に同情の念を寄せていたらしい。
サラダをテーブルに置き、ズミは深く溜め息をついた。
「貴方は一体、どんな育ち方をしてきたのでしょうね」
「……」
「解りませんか?料理を食べなくともいいから、貴方の話を聞かせなさいと言っているのです」
つまりはこれ程までに弱り切った少女を放っておけなかったのだ。少女の侮辱や自分の信条など、もうどうでも良かった。
それでは些か語弊があるが、それでもその無礼な物言いを糾弾するには少女はあまりにも弱々しいと感じた。
つまり少女が人並みの人格を取り戻すまで待ってみようと思ったのだ。
それはズミの精一杯の譲歩であり、彼の精一杯の気遣いでもあった。
しかし、それを少女は首を振って拒絶した。
「……ごめんなさい」
「そんなに私が嫌いですか」
「……」
これは難敵だ。ズミは溜め息を押し殺した。
どうすれば良いのだろう。どうすればこの少女から言葉を引き出せるのだろう。
ズミは考えていた。相変わらず手を付けられない料理が冷めていくことにも気付かなかった。
その深いグレーの瞳は、どんな世界を映しているのだろう。その温度はどれ程までに冷え切っているのだろう。何が彼女をそうさせるのだろう。
「……生きていたいとは思わないのですか」
食べ物を拒むとはそういうことだ。それに沈黙が返ってくるだけで良かったのに、少女はそれを許さないらしい。
「はい」
2013.11.14