「フラダリさんは見つからなかったそうだよ」
夕食の席でプラターヌは徐にそう切り出した。少女はスプーンを宙に漂わせたまま不自然に動きを止めてこちらを見た。
本当に?と縋るような目で見られ、彼は苦笑した。
ボクは君に嘘をつくような真似はしないよ、と告げて続きを喋り始める。
「もうあれから10日が経っている。捜索はフレア団基地の隅々にまで及んだそうだ。
土や瓦礫もどけて調べたけれど、彼の身につけていたものも、モンスターボールも見つからない。勿論彼自身も見つかっていない」
ポトフの中にスプーンを入れて少女はこちらをじっと見つめた。
プラターヌは少女に寄り添い支える傍らで、友人であったフラダリの捜索にも手を付けていたのだ。
あまりにも有名なその人物の捜索には多くの人、そして多くのポケモンが協力してくれたが、結局その消息は掴めなかった。
フラダリが最終兵器なるものを起動させたという事実をカルムから聞いていた彼は、最悪の事態を想定していた。
冷たくなった友人を発見する未来を覚悟していた。
しかし、彼はもうそこにはいなかったのだ。それは安堵だった。彼は確かに安心したのだ。
「どうしてですか?」
少女のもっともな質問に彼は考え込んだ。
自分は彼ではない。故に断言は出来ない。だから今ある事実を継ぎ接ぎして、何とか結論に持って行くしかなかった。
「彼がまだ生きているから、じゃないかな」
「!」
「あのフラダリさんだよ?そう簡単に死ぬ筈がない。
いつかまた、美しい世界の為にボク達を脅かそうとするかもしれないね」
彼が消息を絶ち、生きながらえている目的や理由は解らない。
しかし彼はプライドの高い人間だった。崇高な理想を掲げた人間だった。
それ故に盲目でもあったが、その熱意は本物だった。彼は世界が変わることを恐れていた。
愚かな人間が世界を食い潰すことを危惧し、未来の為の判断は自分に仰がれるべきではいと知っていながら、その力を使った。
その為なら、簡単に今の世界を切り捨ててしまえるのだ。その暴走さえもが彼の確固たる信念で構成されていた。
しかし、それを許すわけにはいかない。
「もしそうなら、」
少女らしからぬ大声に彼は目を見開いた。
「私がまた、彼を止めます」
咄嗟に紡がれたその言葉は紛れもない真実だった。彼は笑顔で頷いた。
「そうだね、君は彼を止めるだろう。こんなに苦しい思いをしていたのに、君はまた彼を止めようとして同じように足掻くだろう」
「……」
「ありがとう」
彼は優しく微笑んだ。
少女はカロスが好きだと言った。その思いが転じて彼を止めようとする力になった。
彼女はカロスを愛したことを悔いているのかもしれない。愛した故に人を苦しませたことを悔やんでいるのかもしれない。
それは少女だけのものだ。彼がその荷物を取り上げることは出来ない。
彼女はずっと考えていたのだろう。あれは本当に正しかったのか、もっと良い行動を取れたのではないかと。
正しいということも、間違っているということも彼には出来なかった。彼が投げられる言葉などもう決まっていた。
「シェリー、ボク達の世界を選んでくれてありがとう」
少女の目が大きく見開かれた。時が止まったかのように訪れた沈黙を破ったのは彼女の小さな嗚咽だった。
彼は席を立ち、少女の傍に屈んだ。ぼろぼろと零れるそれらを伸べた指でそっと拭う。
ああ、ようやく此処に来られたと思い、彼の方が泣きそうになる。
正しいか否かの判断を彼が肩代わりすることは出来ない。
君は何も悪くないんだと言ったところで、それは真実を知らない者の戯言に過ぎない。
所詮彼は一人の人間だ。力を持たない愚かな人間だ。
だからその思いを差し出すだけで良かったのだ。その言葉が彼女の背中を押してくれる。
それは承認に似ていた。少女は自分がこの世界で生きることをようやく許せたのだ。
自分はその手助けが出来た。その言葉を響かせることが出来る程の距離にいた。それで十分じゃないか。
「旅に出ます。皆にも、会いに行きます」
「そっか」
「私が選んだ世界だから」
その言葉に彼は大きく頷いた。
もう少女の瞳は宙を泳がない。無意味な自己犠牲を重ねることもない。
善悪で測れない自分自身の在り処を、彼女は見つけた。彼はその一助となれたのだ。
他に何が必要だったというのだろう。
しかし次の瞬間、彼は面白くなさそうな表情をしてみせる。
「ちょっとだけ、寂しくなるなあ」
その言葉を聞いた少女は、ぱっと弾けるように笑った。
彼はその頭を撫でて、笑う。
「その笑顔を待っていたよ」
2013.10.30