トリックで相打ち

 プリズムタワーに咲いた古代の花の鎮圧のため、ZAロワイヤルの上位ランカーたちとともに駆け付けたこと。その後のメディオプラザ周辺の片付けや復興に、連日尽力したこと。この二つは、サビ組とクエーサー社との間に奇妙な……縁のようなものを作るに十分だったらしく、サビ組は事あるごとに、クエーサー社からちょっとした仕事の依頼を受けるようになっていた。
 今夜、カラスバがサビ組の連中を率いて、ベール広場の通りで、元気の有り余っている子どもたちの「トリックオアトリート」に応じているのも、その依頼の一環である。まあ要するに、ハロウィンの賑やかし役、ということだ。

「サビ組も呼ばれたんだね、お疲れ様! 一杯やっていきなよ」
「お疲れさんです。ほな貰おうかな、おおきに」

 クエーサー社はヌーヴォカフェにも声を掛けていたらしい。一仕事終えたらしいグリーズがカラスバに声を掛けてきた。礼を言ってカップを受け取り、口を付ける。香りからしておそらくロズレイティーだろう。カラスバの連れているポケモンに合わせたのなら随分と粋な話だ。

「仮装はしないんだね」
「そらそっくりそのまま返したりますわ」
「わたしはこのままでいいらしいんだ。ヒスイ地方ってところにね、こういう毛色のゴーストタイプがいるんだと」
「へえ」

 地域の慈善事業の一環として、こうした街のイベントに参加すること自体は、サビ組においても珍しいことではない。ただ今回においては、自主的に出て行くのではなくあくまで「クエーサー社からの依頼」であることが、少し、いやだいぶ事情をややこしくしてしまっていた。

「いい組織だね、クエーサー社。ミアレ出身じゃない人たちの外資系企業ってので、最初はちょっと警戒してたんだけどさ」
「せやな、うちも似たようなもんやさかい」
「でもなんか、この流れに乗ったっていいんじゃないかって思えるよ。多分あの人なら、わたしたちを悪いようにはしないだろうし」

 同意も否定もせず、カラスバは再度お茶に口を付けた。
 表の日向の世界と相容れるようになるのは、少なくともヌーヴォカフェにとっては、いいことだ。ミアレシティの治安と福祉を維持する者として、大企業の後ろ盾のある場所で大きく活躍できれば、元フレア団の彼等に対する風当たりだって弱まるだろう。彼等はもっと、この街で生きやすくなるはず。それは絶対に、歓迎されるべきことだ。

「……」

 だがサビ組はどうだろう。
 クエーサー社に招かれるまま、導かれるまま、そうしたクリーンな組織になることはまあ、できなくはない。ただ今すぐにそうしてしまうと、このミアレシティで取り零すものがあまりに多すぎる気がした。
 サビ組のような日陰者しか頼れないような連中が、まだミアレシティには多くいる。今、サビ組が日向に出て行ってホワイトなやり方に転向すると、もう彼等に手を貸すことは難しくなる。クエーサー社は良心的で、ミアレシティへの愛が強い企業。しかしあくまで外からやって来た外資系企業。ミアレシティの内側……いわゆる「錆び」に相当するところまで知り尽くしているわけではない。彼等の手が届かない場所というのは、確実にある。
 だがサビ組なら手が届く。助けを求めることを知らないような、表の福祉では救いきれない人たちのところ。ルールに乗っ取ったお行儀の良い方法では対処できない悪事。良い方向にも悪い方向にも、自由に手を伸ばせる強みがサビ組にはある。ミアレシティの錆びを落とせるこの手を引っ込めること、汚れを落とす汚れ役を降りることは、難しい。少なくとも今はまだ、難しい。

「つまらないことを聞かせたね」
「そないなことあらへんよ。ええ話やん」

 そもそもの問題として、今の立場に苦しんでいるヌーヴォカフェの彼等とは違い、カラスバやジプソには大きな不満や苦悩がないのだ。ルールギリギリのところでやりたいようにやっている今のサビ組の自由なやり方に、多少なりとも誇りを持ってさえいる。このやり方を貫くことによる弊害は少なからずあるが、それくらいはもうミアレシティのため、飲み込んでやろうと思える。誰かがやらねばならぬことなら、自分がやってやる。その気持ちを貫ける程度には、カラスバはミアレシティを愛していた。

「カラスバさま、お気をつけくだされ!」
「なんやジプソ」

 飲み終えたカップをグリーズに返すのと、ジプソの焦ったような声がカラスバの背に掛けられるのとが同時だった。怪訝な顔をしながらカラスバが振り向くと。

「カラスバさん覚悟!!」
「っ!?」

 ベール広場のやや薄暗い方角からすっ飛んできたその黒い塊は、カラスバの少し手前でぴょんと勢いよく飛び上がった。両腕の鋭利な刃物が、街灯の光を反射してギラつく。そのままカラスバへ飛び込むようにして振り下ろされた右手の剣を、カラスバは両手でパンっと挟んで受け止めた。

「あっ」

 間の抜けた声とともに、二本の剣の操り手がハロウィンの夜に降り立つ。一瞬だけカラスバと目線の高さが揃った気がしたが、着地に失敗したらしく、ふらついてべしゃっと崩れた。カラスバがいわゆる「白刃取り」を成功させたからだろう、周囲が僅かにどよめいた。
 若干の面映ゆさを感じながら、カラスバは蹲った相手に視線を落とす。ぱっと顔を上げたその黒子と、目が合った気がした。派手な剣の両腕以外を黒子衣装に包んだその人の、唯一隠されていない足元には、カラスバと同じ紫の靴が見えていて。
 揃いの靴と背丈、覚えのある声、そしてカラスバに切り掛かってくる胆力。すべて持っている人物など、もう一人しかいない。

「すごい! 一発で白刃取り成功させるなんて!」
「何をしとるねんセイカ!」
「え、どうして分かったんですか!? ワタシの仮装は完璧なはず!」
「こないなことするヤツ、オマエ以外におるはずあらへんやろが!」

 あははと笑いながら、彼女はゆっくりと立ち上がった。仮装、と称したそれが意味するところに、カラスバもゆっくり気付き始める。鮮やかな紫の布を振袖のように揺らめかせた、銅色の、二本の剣。最終進化系であるギルガルドにしなかったのは、重量の問題か、コストの問題か。

「オレに切り掛かってくるとはええ度胸やな。……で、どういうつもりや」
「分かりませんか? ニダンギルです」
「そないなこと言うて、仮装で刃物の所持を正当化するんはあきまへん」
「ご安心を。これはただのアルミホイルです! ピュールお手製ですよ、すごいでしょ!」

 彼女は腕に取り付けた大きな剣を自慢するように、左手を高々と掲げた。右手はカラスバの喉元へと真っ直ぐに向けられる。アルミホイル製ということだったが、そのギラつきは本物の刃に限りなく近しいものだ。本当によく出来ている。刀を事務室に飾り、見慣れているはずのカラスバが、思わず息を飲んでしまう程に。
 ピュール、とはエムゼット団のメンバーだ。エムゼット団のロゴ入りのジャケット、あれもピュールが加工したものだとカラスバは彼女から聞き知っている。服飾への情熱は並々ならぬものがあるのだろう。彼女が誇らしげなのも、頷ける話だ。

「せやな、よう出来とるで。ただ……オマエが黒子衣装を被ってるんはなんでや」
「ニダンギルの仮装って腕だけあればよくて、ヒトの胴体とか顔とかって邪魔でしかないんですよね。だから真っ黒になって夜に溶けていようかと」
「あぁそういうことか」
「でもずっとこのままだと見えづらいですね流石に。脱いでいいですか」
「そらかまへんけど」

 カラスバの言葉を受け、彼女は黒子を外そうとした。しかし腕に立派なニダンギルを装着した状態では、思うように布を掴めないらしい。しばらく格闘していた彼女だが、やがて諦めたように肩を落とし、恐る恐るといった調子でカラスバを見上げてくる。

「あの、アナタに奇襲を仕掛けてしまった手前、このようなことを頼むのはたいへん心苦しいのですけれども」
「声ちっさ」
「できればカラスバさまの手をお貸しいただいてですね、このワタクシめを黒子から開放したりとか、そういうのしていただけると、その」
「っふ、ははは! 分かった分かった、じっとしとき」

 一頻り笑ってから、カラスバは彼女の黒子衣装へと手を伸ばす。黒子の下から飛び出ている、真ん中分けにされた前髪の一房が、カラスバの手の平をすっと撫でていった。そういえば彼女の顔に、ここまで手を近付けたのは初めてかもしれない。
 髪に引っ掛からないよう、慎重に黒子を脱がせる。胴体の黒子衣装はマントのように覆われているだけだったので、胸元のボタンひとつですぐに外せた。軽く俯いていた彼女の目がぱちっと開き、真っ直ぐにカラスバを見上げて……すぐに咲いた。

「こんばんは! 楽しい夜ですね」
「せやな……オマエのおかげでなんかもう、えらいおもろい夜になったでほんま」
「それはよかった! ワタシも体を張った甲斐があったってものです」

 黒子衣装を外したことで「彼女」だと気付いたのだろう、遠巻きに見ていた本日の小さな主役たちが、彼女の名前を呼びながら次々に近付いてくる。ワイルドゾーンにいる野生ポケモンの調査や、バトルゾーンにおける治安維持に連日勤しむ傍ら、彼女はミアレシティの住人たちの小さな悩みも解決していたようで。子供たちがわっと彼女に駆け寄ったのも、そうした、彼女が自身で少しずつ結んできた縁によるものだろう。
 そして、カラスバは彼女よりもずっと前から、そうした縁を少しずつ、ミアレシティの子供たちと結んできた人物である。故に、カラスバに気付いて駆け寄ってくる子供も少なからずいるわけで。こういうところを彼女にはほとんど見せていなかったため、少々面映ゆい心地になってしまうのはもう仕方ない。

「カラスバの兄ちゃん、さっきのマジでかっこよかった!」
「またやってくれないの?」
「やめやめ! 見せもんちゃうで、あれ一回きりや。ほらあっちのおねえさんと遊んで来よし」
「なにぃ!? っふ、いいだろう返り討ちにしてやる! みんなまとめてかかってこい!」

 カラスバに子供たちの相手を丸投げされて、さしもの彼女も一瞬だけ狼狽えたが、すぐに悪役然とした表情になって腕のニダンギルを振り回し始めた。
 両腕のニダンギルによる戯れを、少し離れたところからのんびり観戦しようと考えてカラスバはそっと後ずさる。だが彼女は「ちょっと待ってて」と子供たちに告げて、慌てたようにカラスバのところへ駆けてきた。

「腕が使えないワタクシめに、今一度カラスバさまのご慈悲を頂きたいのですが」
「今度はなんや」
「ポーチの中のボール、全部出して代わりに投げてほしくて。今夜のために勧誘した、とっておきの子たちなんです」

 今夜のため、と言ったところからして、おそらくハロウィンに似合うゴーストタイプのポケモンでも捕まえてきたのだろう。そう考えながらカラスバは快諾し、腰の赤く丸いポーチからボールを六つ取り出して次々に投げる。
 いや待て、さっきから同じポケモンばかり出てきているがこれで合っているのか?

「右からこだましゅ、ちゅうだましゅ、おおだましゅ、ギガたましゅ。この子はこだましゅの色違い。そしてこっちのバケッチャはオヤブンですね」
「いや捕まえすぎやろ! ほんでオヤブンでかいな!?」
「ハロウィンの伝承が本当なら、魂を入れるこの子たちは今夜、きっと思いっきり楽しめるだろうなと思って! ほらみんな、遊んでおいで!」

 バケッチャはその体に見合ったサイズの魂を入れる性質があるという。死者の魂が戻ってくるとも言われるこの日に、もしそんなものが漂っていたなら……確かにバケッチャたちにとってはこれ以上ない「遊び相手」だろう。カラスバにはもちろん目視できないが、今この賑やかな夜の中にも、バケッチャの中に入って遊んでくれるような度量のある魂が、まあそれなりにいるのかもしれなかった。
 夜の空気にふわふわと浮かぶバケッチャを何気なく数えて、そして、カラスバは気付いた。

「オマエの、メガニウムは」
「今日はお休みなんです」
「……あいつを手持ちから外すなんて珍しいやん」
「そうですね、手持ちに入れないのは初めてかも! まあ彼はお化けを怖がっていたので、バケッチャで手持ちを埋め尽くさなくても欠席の予定ではあったんですよ」

 いつもいつでも彼女の相棒をやっていたメガニウム。ほかの手持ちを頻繁に入れ替えながらも、絶対に外していなかったポケモンだ。メガシンカすれば草・フェアリーになり、カラスバの繰り出すポケモンの毒技は四倍で刺さる。相性は最悪だ。それでも、そんなカラスバの相手をするときでさえ、彼女はメガニウムを絶対に手持ちから外していなかった。いつだって一緒にいた。だから二者が分かたれることなど、絶対にない……と、思っていたのだが。

「ただバケッチャたちは……サイズ違いを探すのに夢中になりすぎて、育成の方はあまり」
「へえ、そらまたさらに珍しい」

 絶対にない、と思っていたはずのことが起こっている。そのことにカラスバはほんの少しだけ動揺した。
 おそらくメガニウムと相談したうえでの選択だろう。大切な相棒の意向を無視した外し方ではないはず。メガニウムが留守を望んだから外しただけ。そうであってほしかった。
 彼女が結ぶ絆に「絶対」などないのかもしれないと、そんな考えに囚われてしまいたくはなかった。

「だからもしここで面倒事が起こったりしたら、いつもみたいには対処できないかも。そのときはカラスバさん、ワタシをサポートしてくれますか?」
「殊勝なこと言うやん。ええで、オレが守ったる」
「ありがとうございます! 頼もしいなあ」

 にっこり笑って「行ってきます」を告げた彼女は、腕のニダンギルを振り回しながら子供たちの輪の中へ突っ込んでいく。一人対大勢の構図で、小さきヒーローたちにボコボコにされる悪役を、彼女はこれ以上ないほどに楽しんでいた。しばらくそうして子供たちとのじゃれ合いに興じたあとは、カラスバに憧れた者たちの懇願に応える形で、カラスバにしたものよりずっとゆっくり剣を振り下ろして「白刃取り」のチャンスを与えたりもして。
 彼女が「遊んでおいで」と送り出したバケッチャたちは、その間、子供たちの頭上をふわふわと漂っていた。彼等は自らの器に今宵限りの魂を入れて遊ぶよりも、彼女たちを眺めることを選んだようだった。

「皆さん、そろそろお開きにしませんか」

 そう告げてヌーヴォカフェの車内から現れた二人、グリとグリーズは、クロワッサンを山ほど入れた紙袋を掲げて笑った。個包装されたそのクロワッサンは、子供たちに帰宅を促すための丁度良い「お土産」になったようで、ニダンギルの相手をしていた子供たちは、わっとグリの方へと駆け寄っていく。

「やったー! グリさんありがとう!」
「どういたしまして。気を付けて帰るんですよ」
「グリーズちゃんまたね!」
「またな! 近道だからってバトルゾーンは通るなよ!」

 そうして子供たち全員にお土産を持たせ、広場から帰路につくのを無事見届けてから、二人は……子供たちに大きく手を振っている、ニダンギルの腕の彼女の方へと歩いていった。彼女は六体のバケッチャを順番にボールへと戻しながら、二人の顔を交互に見つつ、労い交じりの談笑に興じた。
 カラスバからは少し離れた位置だったため、三人が何を話しているのか、流石にはっきりとは聞き取れない。だがおおよそのことは分かる。
 互いの準備を労う言葉。子供たちの笑顔。おいしいクロワッサンのこと。これからの片付けについて。ワタシ手伝いましょうか。いいから今日くらい帰って休みな。クロワッサンがまだありますから夜食にでも。いいんですか、嬉しいなあ。
 ニダンギルの仮装について。どう外すのか。一人ではちょっと。じゃあわたしたちが外してやるよ。いいんですか。
 グリーズの手が彼女の右肩に伸びて、剣を固定していたのであろうベルトがあっさりと外れる。剣を気に入ったらしく、グリーズはそれを軽く振り回して遊び始めた。
 グリは少し手こずっており、左肩のベルトを、グリーズより少しだけ時間をかけて外した。そっと剣を腕から引き抜いて渡すグリに、彼女は「ありがとうございます」とよく通る声でお礼を告げて、それから柔らかく目を細めて、ひどく眩しそうに笑った。

「……」

 今、彼女はメガニウムを連れていない。絶対に離れないと思っていた相棒が、今は彼女の傍にいない。彼女が結ぶ絆に「絶対」はないのかもしれない。最愛たる相棒でさえ、こうして、離れることがあるのに。
 彼女がカラスバの元を去ることなど「絶対」に在り得ない、などというカラスバの思い上がり。そこに一瞬だけ濃い影が差す。彼女の心からの「頼もしい」が、カラスバではない誰かに向けられる可能性を一瞬だけ考える。
 たとえば、クエーサー社の導きにより、これからまっとうな方向へ進んでいくであろう、ヌーヴォカフェの彼、とか。

「!」

 カラスバは目を見張った。グリがその目を僅かに開いてこちらを見たからだ。長身を折り曲げるようにして深めの会釈をした彼は、その手でカラスバの方を示しつつ、彼女へ目線を戻してにっこり微笑む。こちらを見て、カラスバと目を合わせた少女は。

「カラスバさん!」

 また当然のように、ぱっと咲かせて。
 グリやグリーズへの挨拶さえそこそこに、紫の靴でアスファルトを蹴り、軽快にこちらへと駆け寄ってくるのだ。

「っはは……」
「え、なに、何ですか!? アナタの分のクロワッサンもちゃんとありますよ? それとももう一回白羽取りしたかった? まだこれ取っちゃダメでしたか?」

 カラスバは首を振った。酷い顔だろうなと思いながらも、そういう風に笑うことしかもうできなかった。

「おおきに」
「いや、それはこちらこそですって! アナタがずっと見守ってくれたから、ワタシ、育ってないバケッチャたちと一緒に遊べたんです」
「ん、知っとる」
「あれっ……ちょっと珍しい顔ですね。本当ですよ? 今日がとびきり楽しかったのは、アナタのおかげ」

 その方がいいのでは、などと一瞬でも考えてしまった自分が恥ずかしい。日向に堂々と出て行ける奴らのところでなければ、などと思い、そのまま立ち去ろうとしていた自分が、ただ情けない。
 だって笑い方がこんなにも違うのに。この強靭な花、負けることや汚れることを知らぬ花は、他の誰の前でもこんな風に咲けないのに。
 日陰を選び続けるカラスバだけが、この花の満開を知っているのに。

「カラスバさま、セイカさま。無事に終わりましたね」
「ジプソさん! お疲れ様でした!」

 ぬっと現れたジプソは、彼女に涼しい笑みを浮かべてから、カラスバに向けて軽く頭を下げる。

「若い連中は既に帰してあります」
「さよか」
「申し訳ありませんがわたくしも失礼します。この後用事がありまして」

 どんな用があるというのか、とカラスバは思わず眉を顰めてしまう。どうせそこら辺のカフェで相棒のエアームドと時間を潰すだけだろうに。
 カラスバの近くに彼女がいるとき、ジプソはこうして、何かと理由を付けてその場を去ろうとするのだ。その行為をいちいち咎めるつもりはないが、今回は少し、いやかなりあからさますぎる気がして、落ち着かない。

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