ニワカアメ

 リメイク版の木犀を書きながら聞いていた曲で、私の中ではシェリーを語るに欠かせないものだったのですが、丸2年ほど歌っていなかったことが判明し愕然としています。鬼束さんの「眩暈」は何度も歌ったというのに!
 それでも歌詞を諳んじられるから歌の力って素敵だね……天野さんの歌い方本当に好きだなあ。

 この2年ほど、強烈な「生」のかたまりに向き合い続け、自身も近しい方々に「生」を強要し続けてきたため、彼女への感情が、正確には彼女が為した選択への想いと「それでも彼女の生きざまは美しいものだった」という過去の私が抱いた確信が、揺らぎはしないかとちょっとビビりながら歌ったのですが、いや全然そんなことはありませんでした。あの頃書いたものはあの頃のままの輝きで、ちゃんとここにいてくれました。
 今はとても同じ気持ちにはなれないし、その美しさに憧れるかと言われれば全くそんなことはないのですが、それでも彼女が信じた美しさは損なわれないままちゃんと生きていました。
 花のような生き急ぎを憧れる若さはもう失ってしまったけれど、花はやっぱり美しいままでした。

 ここには私の「少女」が詰まっている。
 いつでも戻ってこられるように、布団をかけて温めていよう。静かな場所で大事にしていよう。またいつか動かせるときが来るかもしれない。

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