マーキュリーロードは親と子のバランスも丁度よかった、などと自画自賛

 自画自賛、というよりは、これくらいの親子のパワーバランスならこれからも書けそうだな、という気持ちになれたのです。つい先日読み返して。

 躑躅のクリスさんほどの「親の献身主義」や「至上の愛」を書くことはもうできそうにないし、木犀やMethinksみたいに、あまりにも冷たく悲しい終わり方をする親子の形も恐ろしくてもう書けそうにない。親と子それぞれに歪みがあり非があり、歩み寄れる場所ともうすっかり諦めなければならない場所があることをそれぞれが弁えて「それでもとりあえず共に在る、共に在る中でまた再び愛を喜びたくなる日が必ず来る」と結論付けられるような物語。これを書けたという点において、マーキュリーロードは他のどの連載よりも悲惨ではあったけれど、それなりに「親子」をしていたんだなと思い直した次第です。

 新作、アオイちゃんのお母さんってどんな容姿なんだろう。何をしている人なんだろう。どんな語り口調なんだろう。どんな風にアオイを呼ぶんだろう。
 主人公のお母さんのことなんてこれまで気にも留めていなかった(失礼ながら、どんな人であっても物語に影響のない人物だと思っていたし、各シリーズごとにいるのが当然の存在として受け流していた)のに、今回は気になって気になって仕方ない。

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