+ 4話目終盤、ちょっとだけ
なんだ、何がどうなっている。あの日でさえ随分と細かったはずの彼女が、またどうして、こんなことに。
「あっ」
膝を折り、崩れ落ちたズミの前で彼女は小さく声を零した。
思わず顔を上げたズミの目に、彼女の柔らかな笑顔が、命を落とすような軽々しさで、降った。
「ズミさんですよね」
「!」
「お久しぶりです。此処で働いていたんですね。スープ、美味しかった。ご馳走様でした」
彼女との再会、いや正しくは再戦、であるのだが……それを願い続けていた数週間の中で、ズミの彼女への執心は手に負えない程に膨れ上がってしまっていた。故に彼が受けたショックのうち、大半は彼女に「夢」のようなものを見過ぎたズミの自業自得であったと言ってもいい。だがそれを差し引いても彼女の「悪化」は酷いものがあった。
何が起こっていたのか、そして現在何が起ころうとしているのか、ズミには分からない。水門の間で初めて戦ったあの日以上に、そしてあのパレードの時以上に、やはりまったくもって分からない。ただ彼女があの顔の歪みさえ呈さなくなり、虚ろな目でズミを見る……いや見ることさえできずにただぼんやりと、瞬きさえ忘れたその瞳に映すばかり……といった状態になり果てているという事実が、彼の頭の中を真っ白にした。ズミの執着したあの姿を今の彼女は決して見せてはくれないのだという惨たらしい事実が、彼の息さえ奪っていこうとしていた。
驚愕、混乱、絶望。何もかもが重苦しく彼の中に吹き荒れる。だがそうした嵐の惨状においても、彼の根幹とも呼べる部分は吹き飛ばされなかった。彼はどのような絶望的な状況においても、どのような衝撃的な状態にあっても、しかと己が「矜持」を、そして「怒り」を、抱えておける人間だったものだから。
「ふざけるな」
だからこそ、こう思わずにはいられなかったのだ。身勝手な憤りであったとしても、平静をすっかり欠いたズミの心地ではそれ以外の感情を弾き出せそうになかった。もうどうしようもなかったのだ。
だって貴方がいない。このズミを、数年間無敗であった男を負かした貴方が、水門の間にて圧倒的な敗北を突き付けていった貴方が、あの泣きそうに歪んだ顔でこちらへと訴えてきた貴方が、いない。ズミの会いたかった彼女は此処にいない。ならば連れ戻さなければいけない。このままにしてはおけない。
貴方が、そんな状態のままであっていいはずがない!