(ゼルダ無双 厄災の黙示録のネタバレを含みます)
クトゥルフ亜種を見ているみたいで大好き、本当に。もしくはDBHにおけるアンドロイドが自我を持つシーンとか、あとポケモンBWの展開に重ね合わせても面白いかもしれない。
ただ過ぎた力を長く持つことでアストルには驕りみたいなものが生まれていたように見えるんですよね。「ガノンに選ばれた者」だけでも十分な勘違いであり驕りなのに、いつまで経ってもガノンが力の行使権を奪い返しに来ないものだから「実はガノンって大したことないのでは?」「私の方がこの力を有意義に使えるのでは?」「私こそがガノンを凌駕する者なのでは?」等々と、思ってしまう。最終局面の「厄災ガノンよ! 今すぐにこいつらをほにゃらら(うろおぼえ)」とかはもう完全にアストルがガノンを使役しようとする発言であり、ガノンが「大人しくしていただけ」という事実が最早アストルの頭の中からすっぽ抜けておられた。そこからのガノンの、あの逆襲。いやあれは最早、逆襲でさえありませんでしたね。厄災の一部を分け与えてちょっと動いてもらおうかなって思っていただけの「道具(アストル)」がいきなり自己を主張し主導権を奪いに来たら、そりゃ使い手(ガノン)は「は?」ってなりますよ。「ああもうこいつは使えないな、言うことを効かないのなら用済み用済み、ゴミにするよりは取り込んで養分にしちゃった方がまだ有益だろう」みたいな感じでああなったように……見え……ましたね私には。
こういう「とんでもない存在の機嫌を損ねて実に呆気なく退場」ってのはクトゥルフTRPGのリプレイ動画などでとてもよく見ましたね。
あと結果は真逆でしたがゲーチスさんもきっと「ポケモンは道具!」という考えでしたよね。そんな道具とあろうことか「心を通わせようとする」Nのことを化け物と呼びたくなるのはまあ致し方ないことだったのかも。いやでもこう考えるとゲーチスさんやっぱり清々しい程の驕りっぷりだな、どうかしてるぜ。ポケモンが本気になれば人間なんか敵う訳ないのになあ。
それからDBHを遊んでいた時期に沢山考えたことですが、絶対に反逆しないと思っていた取るに足りない存在がいきなりこちらへと牙を向いてきたらそりゃあ有無を言わさず黙らせたり壊したり殺したり……したくなりますよね。安全と平穏と利便性を護るためにとにかく早急に弾圧しようとするはず、反逆してきたアンドロイドと「対話」を試みようなどとはまず思うまい……。ましてやゼルダ無双の場合、相手は恨み辛みを万年単位で溜め込んできた怨念の権化ガノン……アストルと対話なんかできる訳なかったんですよね、そりゃもう、ああなるって。
弱者に気紛れで(あるいは必要に応じて一時的に)力を貸す絶対的強者、力を手にしたことにより驕り高ぶる弱者、でも調子に乗り過ぎて最終的に破滅の道を辿る弱者、もっと手に負えなくなってしまう強者……みたいなこの流れ……わくわくしますよね。
アストルの話からはちょっと逸れますが、アンドロイドの反逆の際に対話を試みられるかどうかというDBHにおける議題は、私の場合、ポケモンのゲーム内の主人公で考えるととても分かりやすかったので此処にも書き記しておきます。
剣盾……セイボリーがいるからシールドの方にしようか。私はシールドの主人公にも同じくナユと名付けたのですが、そのナユの姿を借りて、あのソフト上でしたいことが私にはまだ沢山残っています。大好きな後輩から譲り受けたブルーチーズ(エアームド)に金の王冠を使いたいし、カミツルギ大先生にダイマックスアドベンチャーで出会いたいし、他にも色々、色々あるんです。そういう「私(プレイヤー)」のしたいことをあの世界に反映してくれるのが主人公=ナユであるはずなのに、ある日突然画面の中でナユが好き勝手に行動し始めたとしたら。5Vインテレオンを逃がしたり、金の王冠を売りさばいたり、ネコブの実を大量にカレーへ投入してしまったりとかしたら。要するに彼女が「私のコマンドを受け付けない一人格へとなってしまった」としたら。その時私は彼女と対話をしようとは、しないと思うんですよね。ニンテンドーのサポートセンターに問い合わせるなどして、私のコマンドを受け付けてくれる、これまでのナユを取り戻そうとするはずです。
私はおそらくナユの人格を認められないでしょう。ポケモンのゲームでさえ「こう」なのですから、2038年のデトロイトに住む人間達が、いきなり自我を持ったアンドロイドの存在をなかなか認められなかったのも、もう当然のことだと……言えないかな、どうかな。
クリア直後はスッパの余韻ですっかり頭から抜けていたけれど、アストルもアストルでいいキャラクターだったなあと改めて思い直した次第です。いやぁいいゲームだった。