わーいおはようございます!

 すっごい綺麗に出来た食べ物アートをSNSなどで拝見する度に、「こんなに綺麗に仕立ててもらえて食物も幸せだろう」という気持ちと「食べ物で遊ぶというマナー違反ギリギリのところを突いているようにも見えるなあ」という気持ちとがせめぎ合いますが、そんな二つをひょいと飛び越える勢いで「普段のご飯もこれくらいアートだったら『あまりに美しくて手を付けられそうにないからこの場には二度と呼ばないでくれ』と席を外す理由付けが出来そうで都合が良く素晴らしいな」などと利己的な逃避の妄想にこの食べ物アートを使ってしまいそうになるのでいよいよいけないと思いました。
 今日も暑い日になりそうですね。

 私自身のことをどうでもいいと思えている場合には何でも諦めて食べるし何でも美味しいと嘘を吐けるし何でも嬉しいと虚勢を張れるのですが、幸いにも今は出会えた方々のおかげでそうではないからして!? 更にセイボリーを書き続けたことで楽しく生きようとする気力がだいぶ沸いてきているからして!? 私は積極的に「そんなものは要らない」「食べたくない」と言わせていただくがよろしいか!? という気分になった数日前の憤りが今になって湧き出てきました。どうしたどうした、時限爆弾みたいな破裂の仕方をするんだな君は、オモシロイ!

 自分が「食べている姿」を見せるのが何より嫌いで、嫌いで、仕方がない。赤の他人の前では平気な顔しておうどんとか食べられるのですが、中途半端に近しい親族、クラスメイト、職場の同期、友人、そうした方々と食べるのが本当に、キツい。とりわけ大事な相手にこそ食事を躊躇う傾向にあって、そんな姿を見られた日には「ああもう駄目だやらかした、大丈夫だと思ったけれど大丈夫じゃなかった、この人とは二度とお会いできない、こんなものをもうこれ以上見せられない」と感じてしまうし、実際そうやって「お食事」を境に連絡を絶やしてしまった人物というのが複数名いらっしゃいます。ああ最低、最低。
 今の家族との「お食事」も最初はものすごい嫌でした。毎週、一番好きな人に一番嫌いな姿を晒しているという屈辱に、好きな人のことさえ嫌いになってしまいそうでした。たぶん一年以上かかったな。

 でも稀に、本当に稀に、ぺろっとケーキや紅茶を一緒に食べて、それが喉を通るときの気持ち悪さや食べ方を見られたことへの辛さよりも、交わした会話の楽しさや食べたものの美味しさの方を優先して記憶できる日がある。そういう日の「条件」を覚えておいて、いつもいつでもそれを発動できるようにすればいいのかもしれないけれど、なにぶん条件が特殊すぎてちょっと再現ができない。いつもいつでも京都へ映画を観に行ける訳じゃないし、いつもいつでも将来について本格的な議論ができる訳ではないし、いつもいつでも第二の家に行ける訳でもない。だからちょっと、難しい。
 HAHAHAそういう訳でこれらの幸いは再現不可能であるからして、今は私のためにとにかく逃げるぞ! 魔弾さえ食欲不振の言い訳に利用してやらぁ!

 あ、今日は夜まで仕事がないので日中に2セイボリーついったSSを楽しく書いて、あとはキバナさんの連載をやっぱり楽しく形にできればいいなという気持ちです。

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