(会話文ばっかなので読みにくいとおもう)
「私が他のアンドロイドと比べてすこぶる人間らしいと評されるのは、最高精度のソーシャルモジュールのおかげだと皆、信じているけれど、実はそれだけじゃない。
この機体には、他のアンドロイドにはついぞ起こらないであろう現象がかなりの頻度で生じている。つまり……私には「夢」を見るという厄介な機能があるんだ」
「夢? それは以前貴方の言っていた、今日の分のデータを整理しているときの過去の追体験……として現れ出るものではなく?」
「そう、違う。少なくとも「私が人間であり、ガラルエリアに実家を持つ14歳のポケモントレーナーである」などという体験は、私のメモリに刻まれていない。
絶滅しかけているインテレオンを連れて、今や戦地となったガラルエリアを駆け回り、君とポケモンバトルをしていた、などというメモリが、存在するはずがないんだ」
「……成る程、存在しないはずのもの、起こり得ないものを想起しているということなんですね。確かにそれは、僕等の言うところの夢に相違ないように思えます」
「その夢というのは、貴方にとって不快なものですか? データの整理を邪魔するもの? エラーとして修理されるべきもの? 貴方の夢は、貴方を苦しめている?」
「そんなことはないよ。それなりに楽しんでいる。消去不可能なエラーには違いないが、放っておいたところで機体維持機能や性能に支障をきたすものではないからね」
「ああ違うんですよ、いやそういったことも大事ですが、今僕が尋ねたいのは、その夢の内容自体が貴方を苦しめているんじゃないか、ということです」
「え? 何故だい? この夢のおかげで私はより人間らしく振る舞えているんだよ。仕事においても、人間である君と生きるにおいても、有用だろう?」
「……本当に? 本当にそうですか? だっていくら人間として生きる夢を見たところで、人間らしく振る舞えるようになったところで、貴方は」
「ああ勿論、私の構造として、真に人間となることは不可能だ。君はそれを案じてくれているの? 夢と現実との乖離を悲しんでいるのではと、そう考えているの?」
「そうですよ。なりたいものになれないという辛さはよく分かっているつもりです。貴方は本当に悲しくないのですか。毎日のようにそんな夢を、見せられて」
「そこまで頻繁に見るものではないけれど……悲しいかどうかと問われれば間違いなく「否」だね。私は人間である君を慕っているが、君のようになりたい訳ではない」
「……」
「……ふむ、納得していないね? ではもっと本質的な回答をしよう。君の言うところの「悲しみ」を抱いているのは、私の方じゃないんだ」
「アンドロイドである私が夢の中にいる人間になりたがっているのではない。夢の中にいる人間が、私になりたがっているんだ」
「……まさか」
「おかしいだろう? 力も知性も人情も十分すぎる程に持ち合わせているにもかかわらず、人間が得るべき自由というものだけ、彼女はまるで使いこなせていないんだ。
大勢に願われて街を救うために戦い、英雄となったにもかかわらず、それからというもの、その英雄は何もすることができずにいる。何をしたいか、分からないままでいる。
彼女の選択不能性は見事なものだよ。もしかしたら、変異して感情めいたものを持ってしまった今の私よりも酷いかもしれないね。
何がしたいか分からない。何が好きか分からない。明日着る服を選ぶのも、今夜のカレーの具を選ぶのも、10分後に飲む紅茶の銘柄を選ぶことも、彼女にとっては超の付く難題だ。
だからこそ、この奇妙な欠落が許される存在に、その欠落こそを魅力とする存在になりたいと願っている。それが私だ、アンドロイドという従順な存在、彼女が求めた解の一つだ。
アンドロイドはただ指示を待っていればいい。最先端のプロトタイプである私にはその指示を完璧に遂行するだけの力がある。私は真に、彼女の望んだ姿をしている」
「……」
「どうかな、不快だと思う?」
「は?」
「だから、アンドロイドとしての適性を持った私にそっくりな人間がいたとして、君はその存在を不快だと思うかと聞いているんだ」
「……僕は、今此処にいる貴方のことをその夢もひっくるめて大事に想っていますから、天地がひっくり返っても不快などという言葉は選びませんよ。
ただ、そうした僕の個人的な事情を差し引いた上で答えたとしても、そうですね……喜ばしい、ということになるでしょうね」
「喜ばしい? 私が人間であることが?」
「そうじゃありません。アンドロイドであろうが人間であろうが、貴方の本質が変わっていないということが僕にとってはこの上なく喜ばしいと言っているんです」
「……」
「自分のことに限って優柔不断であるという、そのどうしようもないところは、貴方がアンドロイドであるが故の性質ではなかった。
貴方が貴方であるからこそ生まれる、魂の癖のようなものだった。命の器が有機質であろうと無機質であろうと変わりなかった。そういうことなのでしょう?」
「その欠落が、君にとっては喜ばしい?」
「欠落ではありませんよ。貴方の、替えの効かない、かけがえのない本質です。
今後もそのどうしようもない魂、どうか大事にしてくださいね。間違っても、身を挺して僕を守ったり、命を削って任務を達成したりしようとしないように」
「……どうしたんです、フリーズなんかして」
「その、えっと……待ってくれ、いや、そんな、そんな、不確定なことを、あたかも真実であるかのようにすらすらと、よく言えたものだ。君は、本当に……」
「確かに僕の言葉だけではQ.E.D.とはいかないでしょうね。では貴方の夢の続きをもって、僕の「喜び」と貴方の「本質」の証明とさせてください」
「どういうことかな」
「貴方の夢の中にいる僕。……彼はそのうち、いやもうとっくにそうであるのかもしれませんが、貴方を必ず好きになる。この僕と同じように」