「わたしはオーロンゲ。バトルタワーのレンタルシステムから派遣されました」
「え、……は?」
バトルタワーを示すあのシンボルを胸元に付けている。薄暗いとはいえどそれなりに賑わっているこのバーにおいて、その黒い体躯は否応なしに目立つ。
にもかかわらずネズが、声を掛けられるまで反応しなかったのは、彼がカウンターに座り深く、深く俯いていたからだった。
スコッチを鼻や頬や目や唇、その全てで堪能しようとするとその姿勢になるのだ。
彼の目にはつい先程まで、スコッチの波紋以外何も映っていなかった。視界いっぱいに酒を満たして、そうしてようやく彼は安心できるのだった。
「ネズ警部補、貴方はある事件の担当になりました。ポケモン絡みの、傷害事件の捜査です。
これは歴史上、トレーナーの手持ちであるポケモンが明確な殺意を持ってトレーナーを傷付けた初めての事例です」
「は、はあ。連絡どうも。現場は何処です、どうやって向かえばいいんですかね」
「お連れします。所定の手続きに従い、捜査補佐としてわたしが派遣されています。貴方のサポートをするために、わたしは此処に来たのです」
ぴくり、とネズの眉が動いた。そして舌打ち。睨みを効かせるようにオーロンゲを見上げる。
しかしオーロンゲは表情一つ変えず、技の指示を待つ従順なポケモンのように、ただ周りの空気だけピンと張りつめさせたままピクリとも動かない。
「……一体誰です、おれが此処で飲んでいるとお前に漏らしやがったのは」
「ご自宅にお邪魔したところ、家族と思しき方が応対してくださいましたよ。近所のバーにいるはずだとお伺いしたので、5件ほど探し回りました」
「ああそうですか、わざわざ大変でしたね。でも手伝いなんて必要ありません。おれなんかにくっついていやがらないで、さっさと帰っちまいなさい」
「人語を介するポケモンの存在が気に入らない人がいるのは十分に承知しています。ですが」
「これっぽっちも気にしてなんていませんよ。分かったらその長い足を踏み潰されちまうまえに失せなさい」
にっとネズが笑う。言語でポケモンを一瞬でも黙らせられたことに成功したと気付き、僅かな晴れ晴れしさが彼の胸で小躍りしていた。
えっと、とオーロンゲは僅かに狼狽える様子を見せる。ネズはまたしても舌打ちをしたくなる。こんなことで溜飲が下がる自分に、もう彼はほとほとうんざりしている。
「ではこうしましょう。最後の一杯を奢ります。飲み終えたらわたしと一緒に来ていただけますか?」
バーのカウンターに客人の視線が集中している。ポケモンバトルを中継するテレビの音がいやに大きく聞こえる。
オーロンゲは引く様子を見せない。何処から取り出したのか分からぬ財布を開き、代金を渡す準備をしたまま行儀よく静止している。
ネズはこれ見よがしに大きな溜め息を吐き、背を向けていたマスターを呼び止める。
「こいつの奢りで、一番高いのを」
*
オーロンゲにお酒を奢られるネズさんという構図それ自体が最高の破壊力を持つので、台詞回しはほとんど弄らず原作に忠実なものとしました。
名探偵ピカチュウは未鑑賞で、人語を介するポケモンがそこら中をうろうろし始める世界については全く想像できないのですが、
オーロンゲならこれくらいやってくれるかもしれないという淡い期待を込めて書かせていただきました。
DBHのお話を聞いてくださり、ありがとうございました!