これからどんどん大きくなって、捧げるべき時間もお金もきっとどんどん増えて、心をすり減らして心配を重ねて、沢山喧嘩もして、うっとうしいとなじられ嫌われたりして……。お金も時間も想いも尊厳も幸せも、全部奪われてしまったと感じる時だって一度や二度ではないのだろうなあ。
辛い思いをする度にもしかしたら私は、かつてのシェリーの「貴方は可哀想」を思い出すのかもしれない。この選択をした私は実は「可哀想」だったのかも、と思う時がきっと今後も何度も訪れる……ような気がする。
それでも、一人静かに泣いたり氷をバリボリしたり炭酸水を一気飲みして喉をヒリヒリさせたり友人に連絡を取ったり車の中で大声で歌ったりしてどうにか発散して……そうしてどうにか落ち着いてから、にっこり笑って「平気、どうということはない、だって私はもう一人で十分生きたから」と、今後も言い続けていたいなあ。