13

自分が、自分のあずかり知らぬところで勝手に装飾されていくというのは、とても不快な、居心地の悪いものだった。
でもその装飾の通りに、ホグワーツへ来るまでは振舞えていた。あのドーブルに緑の絵の具で私の本質を見抜かれるまで、私はきっと完璧だった。

「優等生」で在らなければいけなかった。
だって、そうしなければ、彼等は去って行ってしまうと思っていた。幼馴染みも、母も、私を知っている人間全てが、本当の私に幻滅すると思っていた。
それがとてつもなく恐ろしくて、私は求められた通りに振舞った。

初めてその在り方を崩した相手は、きっとミジュマルだった。
24時間ずっと一緒にいる、私のかけがえのないパートナーは、私の隠しきれない大雑把な部分、粗暴な部分を誰よりも多く見ていた。
それでも彼は私を窘めるような素振りを見せず、むしろ喜んで私の傍にいてくれた。
最初に「ありのままでいい」のだと私に思わしめたのは、タマゴから生まれたばかりの小さな命だった。

次いで「可哀想に」などというとんでもない言葉で、私を憐れんだとんでもない青年、N。
こいつは私という人間を、出会って間もない頃から完全に信じていた。私の人間性は、こいつにとって何の判断材料にもならないようだった。
彼は疑うことを知らなかった。彼はヒトであるための何もかもを有さなかった。彼はポケモンに心を傾けすぎていた。
誰よりもポケモンに近いくせに、その「声が聞こえる」などという稀有な才能のせいで、真実から最も遠いところを泳がされているようにも思われた。

彼が自らを偽ったことなど一度もなかった。だから私も私を偽らなかった。
偽ったとしても、こいつにはミジュマルの声を通して私の本質などあっという間にばれてしまっていたのだから、同じことだったのだ。

そして私は自らの家族に、私は本当はこういう人間なのだと、開示した。
幻滅されると思っていたけれど、母はやわらかく微笑みながら、貴方がどうであっても嫌いになんかならないと、確固たる口調で宣誓した。
同じ現象は、朝の図書館でも起こった。勉強と読書が好きな、粗暴で豪胆で、口調も足癖も悪い私のことを、彼等は非難しなかった。
私の悪癖、私の豪胆、私の暴行、私の臆病、そうした全てをいっそ「愛嬌」だとしてくれているかのような優しい時間が、家には、あの図書館にはあった。

ありのままの私で振る舞うことのできる相手は、もう片手で数えきれない程に増えてしまっていた。
傍には最愛のパートナーがいる。隣には全幅の信頼を置ける青年がいる。図書館に行けば尊敬する先輩や先生に会える。夏休みに帰省すれば家族が迎えてくれる。
もう十分であるように思われた。これ以上など望むべくもないのでは、とさえ思えた。
より多くの人に同じことを求めようとは思わなかったし、
また全ての相手が、ダイケンキやNや図書館の皆のようにありのままの私を許したりしないだろう、ということも弁えていた。

これでよかった。これだけでよかった。これだけがよかった。
それ以上の世界の広がりを私は望まなかったし、閉ざした私の扉を外側から乱暴に叩く奴がいるなら、容赦なく追い返してやる、というくらいの気概であった。

トウコさん、君の恐れはとても利己的で、身勝手なものだよ。解っているよね?君はいつまでも「後輩」や「生徒」ではいられないんだ。
君が友人や家族や先輩に許されたように、君も周りを受け入れることを覚えなければいけないよ。』

でも私はいつの間にか、今まで通り振る舞うことの許されないところまで来てしまっていた。
私は、誰かに受け入れられる側から、誰かを受け入れる側へと変わらなければいけない。誰かに守られる側から、誰かを守る側に回らなければならない。
教えを乞う側ではなく、教える側に立たなければいけない。身勝手な理由でそれらの立場から逃げることは許されない。
ウツギ先生の言葉は正しかった。何も間違ってなどいなかった。私がどんなに駄々を捏ね、自らの恐怖を主張したところで、彼の正論に敵う筈がなかったのだ。

ウツギ先生は正しい。
それでもやはり怖い。それでも私は、周りからの勝手な言葉によって「私」が装飾されることがこの上なく恐ろしい。

そして、それでも私は此処で、私に多くを与えてくれたこの場所で生きなければいけない。

就寝時間を過ぎて、皆が寝静まった頃、私は自分の部屋の窓をそっと開けた。
9月と言えど、日がどっぷりと沈んだ夜ではやはり肌寒い。ロープを羽織って、箒を窓の外へ出して、跨りつつ、えいと外へ飛び出した。
真夜中に箒に乗って、寮の外へと飛び出す。こんなところを教師に見つかろうものなら、寮点が20点、あるいは30点、ごっそり減るだろう。
しかしそれ程の重大な規則違反を、堂々と犯せる理由が今日の私とNにはあった。
こんな「いけないこと」をしても許されるだけの、真夜中に外へ出ることに対してお咎めを受けないだけの「特別な理由」。
それを与えてくれたという点において、私はロープのポケットに入っているこの石に感謝しなければならないのかもしれなかった。

満月の下、私は箒に跨り真夜中のホグワーツを爆走した。
本校舎をぐるりと一周し、クディッチのフィールドを縦断し、いい気分になったところでグリフィンドールの寮へと視線を向けた。
尖った屋根の頂上に、箒を携えた人影の姿を見つけ、ああそんなところにいたのか、と苦笑しつつ、私は箒をぐんと加速させた。

「夜間の外出は厳禁よ!グリフィンドール30点減点!」

「おや、……ふふ、それはキミも同罪だろう?グリフィンドールとスリザリンが互いに寮点を削り合ってどうするんだい」

そんな軽口を叩き合う二人、私のポケットにもNのポケットにも、揃いの石が入っていて、その中であの二匹が眠っている。
今日の規則違反は、この二匹を目覚めさせるために行うものであり、
誰にも見つからない時間帯に、私達はホグワーツの校舎内にあるとある場所へと赴く必要があったのだ。

……実を言うと、「誰にも見つからないように」する必要も、二匹の目覚めの時間を「真夜中」に指定する必要も、まるでない。
にもかかわらず、私は横暴な態度で、誰にも見られたくないのだと、真夜中でなければいけないのだと、オーキド校長に主張した。
単身で校長室に乗り込んできて、そのようなことをまくし立てた私に、彼は随分と驚いたようだったけれど、
私の「やりたくない役を学園のために引き受けるんだから、これくらい許してくれないと話にならないわ」という、
そんな、実に身勝手かつ横暴な訴えを、豪快な笑い声と共に「いいだろう!」と受け入れてくれたのだった。

箒の柄に足を掛けて勢いよく一回転したり、わざと宙に身を投げ出して、箒が私を迎えに来てくれるのを落下しながら呑気に待ってみたり、
そうした、とにかく好ましくないような、昼間のホグワーツではまずできないようなことを、Nと一緒に遊び尽くした。
ホグワーツなんか大嫌いだと、ウツギ先生の腹黒野郎と、大きな悪口を大きな声で、真夜中の満月に向けて放った。
明るい月は肯定も否定もせずに、まるで私の愛したパートナーや家族や彼のように、ありのままの私の言葉を受け止めて、ただそこにいた。

それから私達は、図書館へと通じるいつもの「秘密の通路」を通り、真っ暗な図書館を抜けて、ホグワーツの本校舎に侵入した。
1階の長い廊下を駆けて、突き当たりの壁にそっと手を触れた。
壁は、まるで私とNがその奥に用事のあることを解っているかのように、ごうごうという鈍い音を立てながら左右に開いた。

この中庭を訪れたのは、2年前、ミジュマルのタマゴを貰って以来のことだった。

真夜中であるにもかかわらず、その庭は真昼のように明るく、上には確かに太陽が見えた。
鮮やかな花が咲き乱れている花壇、キラキラと輝く噴水、あちこちにいる小さなポケモン。
2年前、ミジュマルのタマゴを受け取ったあの日と寸分違わぬ風景だった。まるで時を縫い留めたかのように、何も変わっていなかった。

この中庭は、ポケモンと人間の邂逅の場所として、ホグワーツの住人に開かれている。
ポケモンと人間が新しい絆を結ぼうとするとき、この場所は先程のように壁を開き、中へと招き入れるのだ。

生い茂る若草色の芝生をそっと踏みながら、私とNは小高い丘のようなところへ向かった。
丘の中腹まで来たところで、私のロープとNのロープから、同時にその石が飛び出して、私達に先んじてふわふわと丘の上へ向かっていく。
私はその石を追いかけた。Nも全く同じ速度で追いかけた。
特に示し合わせた訳ではなかった筈なのに、私達の歩みは完璧なまでに揃っていた。

『ボクにできるのは、トモダチに「招かれたキミ」を「招かれたボクとキミ」にすることだけだ。』
あの時のNの言葉に私がどれだけ救われたか、きっと彼はまだ知らない。
隣に彼がいてくれるという、その疑いようのない事実が私をどれだけ安心させているか、きっと彼はまだ解っていない。

「!」

考え事をしていたのがいけなかったのだろう、芝生の中に埋もれた小石に、私は足を取られてしまった。
けれども私が膝を地面に付けるより先に、隣から手が伸びてきた。彼が私の腕を掴もうとするより先に、私が彼の手を掴んだ。
ありがとう、と声に出せば、どういたしまして、と返ってきた。少しだけ頼りない力で引き上げられて、私達は再び歩みを揃えた。

ああ、もしかして、貴方のような人を「片割れ」と呼ぶのではなかったか。


レジラムにとっての片割れがゼクロムであるように、私にとっての片割れがいるとすれば、それは間違いなく、貴方なのではなかったか。


丘の上で、二つの石は徐々に質量を増し、螺旋を描くように、優しい日差しの下でくるくると回った。
それは先程まで私とNが、真夜中のホグワーツで行っていた「二人きりの箒ショー」に似ているような気がした。
黒い石には赤い目が、白い石には青い目が、全く同じタイミングで宿り、黒い翼と白い翼もまた、全く同じタイミングで開かれた。
大きな咆哮さえ、着地の瞬間さえ、彼等は揃えていた。完璧な同調を、威厳の限りを尽くしたその姿を、けれども私は畏れることができなかった。

「あんた達みたいな立派なポケモンでも、やっぱり独りだと心細いのね」

Nは驚いたように私の方を見たけれど、やがてクスクスと笑いながら「そうみたいだね」と、彼等の威厳を壊さぬよう配慮するかのような、きわめて小さな声で、告げた。


2017.12.26

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